2019年12月1日日曜日

待降節第1主日

待降節を迎えました。
クリスマスツリーと馬小屋の飾りつけをしました。
アドベントクランツのローソクに火が灯りました。
準備は万端です。後は心の準備ですね。

この日のミサは、ルカ神父様の司式でした。


お説教の大要をご紹介します。

『今日の福音はいつ来るか分からないがテーマ。主がいつ来るか分からない。死がいつくるか分からないではない。これは全然違う。信仰を持っていない人が死を迎える。信者が主を迎える。根本的に全然違う。聖フランシスコが「太陽の賛歌」の中で「ようこそ。姉妹なる死。」。なぜなら、あなたをとおして私は主のところ、イエス様のところへ行けるということ。信仰を持っていない人は、死はおしまいと言う。両者は全然違う。信仰からくる喜び、希望。私たちはいつか生まれ、いつか死ぬということではない。すべて神様のご計画の中にり、毎日生活している。主はいつも来られる。ひとり一人の心に訪ねてくださる。待降節は悲しい期間ではない。喜びの時でもある。四週間待つということ。クリスマスツリーも松ですね。エバグリーン、常緑。

 この前のパパ様の東京のミサには、飛行機ではなく新幹線で行った。ずっと楽。本を読んだり、祈りをしたり。隣に座っている人にはいつも声をかける。日本人は控えめ。(日本に来て)52年間、いつも声をかけられるのを待っている。今回は青年でした。
  ミサは素晴らしかった。5万人。残念なことはドーム以上に広い場所がなく、倍以上の人が入れなかったこと。(抽選もれ)教皇の来日は日本にとっては良かったこと。特に命と平和がテーマ。日本ばかりでなく、すべての国へのメッセージでもあった。
 今回はある意味で準備は、教皇様が来られるということで待降節。これからの準備は神のひとり子キリストが人間となられたことを記念するばかりでなく、2000年前の出来事を記念するのではなくて、私たちはいつも典礼を通して、今、今日、今年、キリストが私のために人間となって生まれてくることを記念。

 昨年のある新聞の投書欄。北海道の人。「クリスマス 病院で 教会で」
「クリスマスが近づき、街のイルミネーションがいっそう輝きを増してきました。そんな中、病院でクリスマスを過ごす人もいます。親しいご夫婦の奥様が癌を宣告され、これまで6回の抗がん剤治療を行い、もうすぐ手術を受けられます。ご主人は献身的に寄り添っておられます。看護師さんからは仲が良くて羨ましいと言われるそうです。そんな奥様が一番残念なのは、今年のクリスマスは教会ではなく、病院で過ごすことになりますと言われました。でも、その後に教会の皆さんがお祈りしています、とても心強いですと、笑顔で話されます。クリスマスはすべての人の平和を祈るときでもあるようです。私は、クリスマスイヴの夜は近くの教会に行き、「きよしこの夜」を歌いたいと思います。」

どうぞ皆さん、病んでいる人、貧しい人のため、1年の最後の1ヶ月ですが、みんながイエス様から元気、希望をいただけるよう、心の準備をしていきましょう。』