2023年2月18日土曜日

2月19日 年間第7主日

 山谷神父様の福音メッセージを聖書朗読箇所と併せてご紹介します。


【福音メッセージ】 年間第7主日 A年 2023年2月19日 山谷神父

第一朗読のレビ記では、「あなたたちは聖なる者となりなさい」と言い、福音書ではそれを「あなたがたも完全な者となりなさい」と言い換えています。神様が聖なる者であり、完全な者だから、あなたがたも神様と同じようになれと言っているわけです。第二朗読のパウロも、コリント教会の人々を聖なる神殿にたとえています。そうした意味で今日の聖書は共通して聖なる者になるというテーマが流れています。

時々光明社のレジをしていると、買ったご絵やロザリオを祝別してくださいと頼まれることがあります。聖別とか祝別というのは、何を意味しているかというと神様のものになるということです。パウロの手紙の最後にも「あなたがたはキリストのもの、キリストは神のもの」と言っているように、聖なる者になるということは、神様のものになりなさいという意味です。

コリント教会の手紙は「キリスト・イエスと一致して神のものとされ、召されて聖なる人々へ」と書き出しています。この「聖なる人々」はいわゆる聖人のことではなく、一般のコリント教会の信者さんたちのことを「聖なる人々」と呼んでいます。パウロの手紙は一般の信者さんたちを聖性へと招く手紙であり、今日の福音のイエスも特別な聖人に向けてのメッセージではありません。

小さき花のテレジア、リジューのテレジアの子どもの頃のエピソードに、お姉さんがある日、リボンの入った綺麗な箱を開けて「どれか一つ選びなさい、あなたにあげましょう」と言われ、テレジアは「全部欲しい」と言ったそうです。意外と欲張りだったんですね。テレジアは聖人になりたいと本気で思っていて、修道院に入った後も、宣教師になりたい、司祭になりたい、聖人になるのならあらゆる者になりたいと望み、全ての召命を生きたいと思っていました。つまり、すべてのリボンを選んでいたわけです。そのために、ある意味で完璧主義の修道生活を送るわけです。小さな罪でも犯していないかと調べ、ありとあらゆる苦行を積極的に行い、完全な者になることを目指していました。ところがある日、Ⅰコリント書13章の有名な愛の讃歌を読んだとき、愛はすべての召命を含むことに気づきます。つまり、愛を選ぶことは全てを選ぶことだと気づくわけです。

聖なる者になる、神様のものになるというのは、人間の努力や力によって獲得して行くのではなく、愛である神様を選び、その信頼のうちに生きることだとテレジアは発見して行くわけです。それは、誰にでも聖人になる道が開かれているという発見でもありました。

律法を完成してくださるのはイエスです。不完全なわたしたちをイエスは完全な者としてくださるのです。一部の特別な人だけが聖なる者に招かれているのではなく、誰にでも聖性への道は開かれています。イエスに信頼してこの招きに応えて行きましょう。


【聖書朗読箇所】


全能永遠の神よ、

   わたしたちがいつも聖霊の光を求め、

   ことばと行いをもって

   み旨を果たすことができるように導いてください。

集会祈願より

第1朗読 レビ記 (レビ19章1-2,17-18節)

主はモーセに仰せになった。

イスラエルの人々の共同体全体に告げてこう言いなさい。

あなたたちは聖なる者となりなさい。あなたたちの神、主であるわたしは聖なる者である。


心の中で兄弟を憎んではならない。同胞を率直に戒めなさい。そうすれば彼の罪を負うことはない。復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。


第2朗読 使徒パウロのコリントの教会への手紙 (1コリント3章16-23節)

(皆さん、)あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。神の神殿を壊す者がいれば、神はその人を滅ぼされるでしょう。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたはその神殿なのです。


だれも自分を欺いてはなりません。もし、あなたがたのだれかが、自分はこの世で知恵のある者だと考えているなら、本当に知恵のある者となるために愚かな者になりなさい。この世の知恵は、神の前では愚かなものだからです。


「神は、知恵のある者たちを その悪賢さによって捕らえられる」

と書いてあり、また、

「主は知っておられる、 知恵のある者たちの論議がむなしいことを」


とも書いてあります。ですから、だれも人間を誇ってはなりません。すべては、あなたがたのものです。パウロもアポロもケファも、世界も生も死も、今起こっていることも将来起こることも。一切はあなたがたのもの、あなたがたはキリストのもの、キリストは神のものなのです。


福音朗読 マタイによる福音 (マタイ5章38-48節)

(そのとき、イエスは弟子たちに言われた。)


「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい。だれかが、一ミリオン行くように強いるなら、一緒に二ミリオン行きなさい。求める者には与えなさい。あなたから借りようとする者に、背を向けてはならない。」


「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな報いがあろうか。徴税人でも、同じことをしているではないか。自分の兄弟にだけ挨拶したところで、どんな優れたことをしたことになろうか。異邦人でさえ、同じことをしているではないか。だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。」