2014年12月28日日曜日

聖家族

クリスマスをお祝いしてから数日がたちました。
主の御降誕を迎えた希望の喜びの光は、今もまだ私たちを照らし続けていますか?
今年も残り僅かとなりました。希望のうちに新しい年を迎えられるよう祈りましょう。



後藤神父様のお説教の概要をご紹介します。

『数日前、私たちは降誕祭をお祝いしました。救い主誕生の希望の光は、今もまだ私たちを照らし続けているでしょうか?普段に戻ってしまったとしたらそれは残念なことです。今日の「聖家族の祝日」は1921年に制定された比較的新しい祝日であり、イエス、ヨセフ、マリアの3人の聖家族を、現代における家庭の模範としてお祝いする日としています。
私たちも、父、母としての役割を、聖家族を模範として学んでいます。
教皇フランシスコも、一般謁見演説の中で「家庭」についてお話されています。また今年のシノドス(世界代表司教会議)では「家庭」がテーマとして取り上げられています。
神様が救い主を遣わされたのは、貧しいけれど信仰深く生きているヨセフとマリアの家族でした。このことを私たちはもう一度思い起こしてみる必要があります。
イエスがお生まれになってからの成長については、聖書の中ではあまり語られてはいません。私たちは聖家族の日常生活を想像し、家事をこなし愛情を注いでイエスを育てるマリアの姿、大工として息子と妻を守り続け、息子であるイエスにも自分の仕事を教えるヨセフの姿をとおして、愛と互いに助け合う事の大切さについて学ぶことができます。
今日の福音にもあるように、聖家族は幼子のために旅を重ねます。人生を旅する私たちも聖家族の姿をとおして、自分の家庭や信仰を顧み、新しい年に向けて希望ある信仰の旅を続けることができるように祈りましょう。』

今年のブログはこれで最後となります。
一年間ありがとうございました。
また来年もカトリック北一条教会の話題をお届けしたいと思います。
どうか良いお年をお迎えください。

2014年12月25日木曜日

主の降誕 夜半ミサ

主の御降誕おめでとうございます!

大雪に見舞われた一日でしたが、午後7時からのクリスマスミサには、信者の方、信者でない方もたくさん教会に訪れて、共にクリスマスをお祝いしました。

馬小屋には、幼子イエス様の御像が飾られました。



今日のクリスマスミサは、勝谷司教様と後藤神父様の共同司式により行われました。



侍者も先日デビューした子供たちが勢ぞろいしました。



勝谷司教様のお説教の概要をご紹介します。


『クリスマスは私たち日本人にとっても特別なシーズンです。
ほとんどの日本人はクリスマスに喜びを分かち合います。
しかし、クリスマスの商業主義を批判する信者も少なくありません。かつて私もそうでした。けれど、これは宣教という視点からは大きなアドバンテージになることです。
日本中これほど多くの人々が、キリスト教に好意を持っているということなのですから。このチャンスに、私たちキリスト者は、本当のクリスマスの意味を知ってもらうために教会の外に出向いていくことが必要です。
私が司教に就任してから1年以上が経過しましたが、司教の職務の他に、日本カトリック正義と平和協議会の担当司教になっています。そのため、この一年の間に様々な国や地域の方々との出会いがありました。かつて日本では、キリスト教の宣教は難しいものと思っていましたが、イスラム世界などの厳しさと比較すると、日本ほど宗教に寛容な国はないと気付かされます。
教会が正義と平和を語るとき、それは特別な政治スタンスを取るということではなく、苦しむ人々の代弁者となるということがキリスト者の使命になります。
大切なことは、人々の苦しみに関心を持ち続ける意思と共同体的意識です。
今日の福音(ルカ2・1-14)では、ヨセフとマリアを断った宿屋の主人は、悪意からではなく”知らなかった”という理由からでした。それは私たち自身の姿とも重なります。人と人との関係は、外に出て出会い知り合うことから始まります。
新しい年は、外に出向き、多くの人たちと知り合い、分かち合える年となるよう祈りましょう。』

御ミサの後、祭壇前で聖歌隊、ボーイスカウト、教会学校の皆さんが勢揃いして、聖歌が披露されました。


その後、場所をカテドラルホールに移し、ささやかなお祝い会が行われました。



2014年12月21日日曜日

待降節第4主日

待降節最後の主日、待降節第4主日を迎えアドベントクランツのローソクにも全て火が点りました。


いよいよクリスマスが近づいてきました。
主の降誕を迎えるまでのこの4日間に、私たちも自らの信仰を見つめ直し、最後の準備をしていきましょう。

今日の御ミサの侍者は、子供たち、冬休みで帰省された神学生の佐藤さん、佐久間さんも加わり、総勢10名という大所帯になりました。




後藤神父様のお説教の概要をご紹介します。

『アドベントクランツの4本のローソク全てに灯が点り、いよいよクリスマスが近づいてきました。私たちは4日後に主の降誕を喜びのうちに迎えます。
世間ではこの時期、クリスマスの喧騒に溢れていますが、聖書の世界では静かにクリスマスを迎えようとしています。
イエスの誕生は、マタイと、ルカ福音書で書かれています。
ルカ福音書ではマリア中心に語られ、一方、マタイ福音書ではヨセフの立場から描写されています。主の使いが現れたとき2人は、自分達はふさわしい者ではないと、とまどい、ためらいます。しかし、主の使いは彼らの不安を取り去ります。
今日のルカ福音書での「わたしは主のはしためです」というマリアの言葉は、神への信頼なくしては出てこない言葉です。マリアは神様から恵みをいただいた特別な存在だと思うかもしれませんが、私たちも神様から多くの恵みをいただいているのです。
私たちは主の降誕を迎えるために、どれくらい準備が出来ているでしょうか?
主の降誕までの4日間、マリアをとおして私たちの信仰を見つめ直し、最後の準備として神への信頼を深めていきましょう。』

2014年12月15日月曜日

待降節第3主日

待降節第3主日を迎えました。待降節も半ばを過ぎ、いよいよ降誕祭が近付いて来ました。今日の朗読は、喜びに溢れています。
第2朗読 テサロニケの信徒への手紙を引用します。
『いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
どんなことにも感謝しなさい。』

今日の御ミサは、勝谷司教様と後藤神父様の共同司式によりおこなわれました。


勝谷司教様のお説教の概要をご紹介します。


『近年、カトリック教国である南米やフィリピンで、プロテスタント信徒の数が増えており、教皇様も危機感を募らせています。この原因としては、教会が宣教することなしにミサ・秘跡が行われている、ということが挙げられます。旧約の時代、バビロン捕囚の原因となったのは、ユダヤ人たちが偽りの平和の中で安寧をむさぼっていたことにあります。神殿があるということだけで神が守ってくれていると安心していたのです。ユダヤ人はバビロニアに同化してしまうという危機に直面しますが、聖書を持つことになり、やがて故郷への帰還を果たします。
神の国の民というのは、教会共同体に属する人だけではなく、全世界の民のことを指しています。クリスマスが近付き、巷では”キリストのいないクリスマス”に酔いしれています。私たちキリスト者は、本当に価値あるものを大切にし宣教を心がけていかなければなりません。』

御ミサの後、聖堂で勝谷司教様の講演が行われました。
司教に就任してからの、めまぐるしい1年間の想いをお話されました。また、教皇様の訪韓時のご様子などについてもお話をいただきました。


ご多忙の折、大変有難うございました。

2014年12月7日日曜日

待降節第2主日

待降節第2主日を迎え、アドベントクランツのローソク2本に火が点されました。

今日の御言葉は、マルコ福音書の冒頭部です。
イザヤ預言書に記されたとおり、救い主が訪れる準備として、主の道を整えその道筋をまっすぐにするために洗礼者ヨハネが遣わされます。

 先週は2件のご葬儀がありました。ヨゼフ西村五男さんは1922年生まれの古くからの信者さんで、常に教会を、特に聖歌隊を物心ともに支えて下さっていました、ヨゼフ荒木関孝神父様は1923年のお生まれで、1978年から10年間北一条教会主任司祭として私たちを直接ご指導下さり、教区においては一粒会の基礎を築かれました。待降節に入り私たちは罪を振り返り、ゆるしの秘跡を受け、降誕祭の準備を続けていますが、こうして自分を見つめる事が出来るのは、多く神父様方、先達のお陰であり感謝の気持ちでいっぱいです。
 また、今日は子どもたちの待者デビューがありました。今年初聖体を受けた子、初聖体の準備をしている子、小さな子どもたちが大人の待者に加わって奉仕をして下さいました。新しい息吹です、荒木関神父様、西村先輩の蒔いた種が小さな芽を出しました。
悔い改め、昇る朝日を待つように、穏やかな気持ちで主のご降誕を待ち望みたいと思います。

神父様のお説教の概要です。
『救いの時が近づくことによってイザヤの預言が引用され、ヨハネは悔い改めの洗礼を述べ伝え、救いの訪れの準備を人々に呼びかけます。救いの訪れを待ち望んでいた地上に、聖者ヨハネの出番が巡っり来て「道を整えよ」と叫ばれます。整えるとは悔い改め、回心すること、旧約の終わりを告げる意味があります。これは私たちの待降節の精神で、典礼の色は、救いの訪れを、悔い改め回心して待つ季節を表す紫に変わります。
待降節では私たちの信仰を振り返る機会を与えられています。神の不在を語る人が増えた現代社会、私たちの生活も色々な意味で多様化し、異なった価値観にさらされ、社会の中には至る所に荒れ野があります。私たちの信仰は主の道に繋がっていますか?私たちが歩んでいる道はまっすぐになっていますか?もし、まがっていたらどの様に直すことが出来ますか?
人間関係を直して、でこぼこ道は平らにしなくてはなりません。内にあっても、外にあっても平和な生活を目指す信仰者として、悔い改め、回心して、私たちの汚れた心を清めることで神のみ心に生きる事が出来ます。
私たちは洗礼によって過去の罪が赦され新しい命を与えられて歩んでいます。その命、道を、しっかり見つめながら主のご降誕を迎えましょう。
また、今日は宣教地司祭育成の日です。12月3日はフランシス・コザベリオの祝日でした。日本の教会はザベリオを始めとする、多くの外国人宣教師、修道会によって土台を作られています。今日の献金は、宣教地に派遣される司祭の養成のために集められ、日本の司教団を通してローマに送られ、そして全世界から集まった献金と合わせて宣教地に分配されます。日本は未だ布教国、宣教地とされているので、ローマから司教養成の献金が分配されますが、他の宣教地と比較し豊かな国になっている日本は献金を断っても良いのかもしれません。皆さんは今日の献金の目的、日本の宣教の歴史、日本の現況、を理解して祈りを込めて献金をして下さい。』



今日の主日ミサでは、3人の子供たちが侍者としてデビューしました。
ちあきちゃん、かれんちゃん、麻理香ちゃんの3人です。
3人とも緊張気味でしたが、りっぱに侍者のお仕事をつとめました。

奉納


献金


これからもよろしくお願いします!


御ミサのあと聖堂で、日本カトリック司教協議会から発効された「日本におけるミサ中の聖体拝領の方法に関する指針」について、後藤神父様の講話がありました。
ミサに与かる態度や心構え、聖体を授かるときの所作について、30分ほどお話がありました。


2014年12月4日木曜日

ヨゼフ 荒木関 孝 神父様が帰天されました

札幌教区司祭 ヨゼフ 荒木関 孝 神父様は、11月30日(日)午後8時30分に、入院加療中の岩見沢市立総合病院で帰天されました。享年90歳でした。神父様の永遠の安息のためにお祈りしましょう。


12月3日(水)午後6時からカトリック北一条教会聖堂で通夜の儀が行われ、多くの参列者が訪れました。谷内神父様からは、生前の荒木関神父様の心温まるエピソードがご紹介されました。

葬儀等の日程
通夜                12月3日(水) 午後6時00分
葬儀ミサ       12月4日(木) 午前10時00分
場所                カトリック北一条教会 聖堂
喪主                勝谷 太治 司教様




2014年12月2日火曜日

教会学校クリスマス会のご案内

教会学校のクリスマス会を12月21日(日)13:30から、カテドラルホールで行います。
どなたでも参加できます。一緒にイエス様の誕生をお祝いしましょう!



2014年11月30日日曜日

待降節第1主日

今日から典礼暦では新しい1年がスタートします。
待降節を迎え、クリスマスまでの4週間に悔い改め回心し、幼子を迎える準備をします。

アドベントクランツの4本のローソクのうち1本に火が点されました。


後藤神父様のお説教の概要をご紹介します。


『新しい年を迎えるにあたり、大きく変わる出来事についてお話します。
日本カトリック司教協議会では、この度「日本におけるミサ中の聖体拝領の方法に関する指針」を発効しました。この指針は、ミサの中で聖体を受けるときの方法や動作を通して、聖体拝領の意義や聖体に対する信仰と尊厳がしるしとして示されることを明らかにするとともに、信者が不安や混乱なく聖体を拝領することができるようにすることを目的としています。概要は「かてどらるの鐘」でもご紹介していますが、聖体を授与するときのことばが、「キリストの御からだ」に統一されます。拝領の所作についても具体的に示されています。来週の主日ミサの後、30分ほど勉強会をしたいと考えています。
もう一つは、教皇様は2015年を「奉献生活の年」とすることを発表しました。期間は今日(2014年11月30日)から2016年2月2日までとなります。この1年は、奉献生活における希望を新たにし、福音の預言的あかしを奉献生活により深く浸透させるために費やされます。
さて、今日は待降節第一主日で、アドベントクランツのローソクにも1本火が点されました。今日からクリスマスまでの4週間は、私たちにとってどのような意味があるのか考えてみましょう。待降節の期間、私たちは神様がマリア様をとおしてお遣わしになる救い主である幼子を迎える準備をします。悔い改め、回心し、心の準備をします。今日の第一朗読(イザヤ63・19b)にある「どうか天を裂いて降ってください。」は主の降誕と結びついており、救い主への期待と希望へと繋がっています。
私たちは、ただ待つのではなく、期待して希望して待つことが大切です。』

御ミサの後、聖堂には馬小屋、玄関前にはクリスマスツリーを、そしてリースが飾り付けられました。



玄関の上に飾られているリースを作ってくださった西村さんが本日帰天されました。
主の御許で安らかに憩われますようお祈りいたします。


2014年11月23日日曜日

11月23日(日) 王であるキリスト(祭日)

教会の典礼暦では今日が年間最後の主日になります。今日の福音(マタイ25・31-46)は私たちに愛の奉仕の大切さを教えてくれます。

来週からは、新しい一年、待降節が始まります。
降誕祭を迎えるために、今日の福音と神父様のお説教をヒントに、心から出た愛の奉仕について黙想しましょう。


後藤神父様のお説教の概要をご紹介します。

『皆さんが季節の変わり目を感じるのはどういう時でしょうか?
春ですと進級や就職など、そして、今この時期ですとクリスマス商戦でしょうか。
教会も新しい季節を迎えようとしています。
典礼暦では、今日の「王であるキリスト」の祭日が年間の最終主日になります。
そして、今日のみ言葉(マタイ25・31-46)は、終末を迎えるときのキリスト者としての私たちへ、愛の奉仕がいかに大切なことなのかというメッセージが込められています。
当時のパレスチナでは、羊や山羊がいたる所で飼われており大変身近な存在だったようです。羊と山羊は日中は一緒に放牧されていたようですが、夜になると分けられました。今日のみ言葉では、このことをたとえに使っています。
人々は神の前に集められたとき、右と左に分けられました。なぜ分けられたのか?それは、その人が行った愛の奉仕によるものです。キリストは王であることを宣言し、裁きの座に着き最後の審判を下します。
私は聖書を読むとき、その中に自分を置いてみることがあります。私は山羊だろうか、羊だろうかと、そんなことを考えると怖くもなります。しかし、王であるキリストの前で、自分自身の行いについて黙想し振り返ることによって気付かされることがあります。これはとても大切なことです。
キリストは言われます「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」と。神様に祝福された人、それは純粋な心で無意識のうちに”小さい者”に手を差し伸べる人々のことです。反対に呪われた者とは、「もし目の前にイエス様が現れたなら跪いて捧げものをするのに、それが貧しい人や汚い身なりの人であったら、気付かない振りをして通り過ぎてしまう」そのような人たちのことでしょう。
私たちも祝福された人になるように変わらなければ、裁きの日にどのようになってしまうのでしょうか?
主の降誕が近づく中で、私たちの身近にもいる貧しい人、小さな人々、悲しみを心の中に抱えている人々と共に、本当の平和を歩むことが出来るように、共に祈り、そして新しい一年に向かっていきたいと思います。』


前田さん、今朝も寒い中、有難うございます!
いつも主日ミサの前には、教会の駐車場の整理をしてくださっており、一人一人の信者さんに声をかけてくれます。


御ミサの後、カテドラルホールで「DVDを観る会」が行われました。
今年の8月29日に放送されたNHK BS1スペシャル「憎しみとゆるし~マニラ市街戦 その後~」
昭和28年、当時のキリノ大統領は恩赦を決意し、BC級戦犯全員の日本への帰国を認めました。
大統領の家族をはじめ、多くの人々が日本軍の手によって犠牲になったのにも関わらず。
「憎しみを忘れなさい。憎しみにとらわれてしまうと、子供にも憎しみが受け継がれてしまうから」
戦争の悲惨さ、平和の尊さ、人間の尊厳とは、キリスト者としての生きかたとは?
多くを語りかけてくれる内容でした。
見逃した方は、宣教養成部 石井さんからDVDをお借りすることができます。


2014年11月16日日曜日

年間第33主日 -タラントンのたとえ-

札幌では数日前から寒気が入り込み例年よりも一足早い積雪となりました。
教会の裏庭も雪で覆われました。
教会暦では来週で一年の典礼が終わり、再来週から待降節を迎えます。


今日の福音(マタイ25・14-30)は「タラントンのたとえ」です。私たちは神様から授かった賜物を活かしているでしょうか?
今日から聖書週間が始まります。聖書に少しでも親しむようにしましょう。


後藤神父様のお説教の概要をご紹介します。

『本題に入る前に、聖書週間のお話をします。
今日から聖書週間が始まります。
聖書は私たちにとって、とても大切なものですが、自分の家の聖書はどうなってますか?埃をかぶってはいませんか?
私たちは聖書を大事に思ってますが、頻繁に手に取ることは難しいことです。そのような現実から、聖書に少しでも親しむようにということで、聖書週間が設けられています。
聖書がいくつの書物から成っているかご存知ですか?
一般的には、旧約聖書が39、新約聖書が27で、併せて66になります。
カトリック教会では旧約聖書に7つ加えて、全部で73という数になります。
どうか、この聖書週間をきっかけに、聖書に少しでも親しんで、新しい年を迎えて欲しいと思います。

教会の暦では来週で1年が終わり、つぎの週の待降節から新しい年が始まります。
待降節が近づくと今日の福音のように終末を思い起こさせる話が多くなっていきます。
今日の福音(マタイ25・14-30)は「タラントンのたとえ」です。
タラントンはギリシアの貨幣単位であり、約20年分の賃金に相当する高額な価値になります。英語読みではタレント、つまり才能や技量を意味します。
主人からタラントンという高額な財産を預けられた僕というのは、神様から授けられた賜物(能力、才能)を持つ私たち一人一人のことを指し示しています。そして神様の恵みは何と大きいものなのかということが例えられています。
私たちは、神様が授けてくださった賜物を、喜んで預かり良いことに使っているでしょうか?福音の中で1タラントン預かった僕のように、せっかくの賜物をしまい込んでいないでしょうか?罪を犯すことを恐れて何もしないでいることは、罪を避けることはできても神様からは、「怠け者」と言われるかもしれません。
神様から授かった賜物を眠らせたままにするのではなく、それを活かし、神様と一緒に喜びを共にし、幸いな人を呼ばれるようにしましょう。』

聖園幼稚園の旧園舎が取り壊されました。やはり寂しいですね。