2016年3月23日水曜日

3月22日(火) 聖香油のミサ

勝谷司教の主司式により、午前11時から聖香油のミサが厳かに行われました。
小教区における司祭の秘跡の執行で用いられる聖なる油が、司教と司祭団により祝別されました。説教のあとで司祭団は、それぞれが司祭に叙階された日の決意を思い起こし、司教の招きに続いて沈黙の内にその決意を新たにしました。





勝谷司教様のお説教をご紹介します。

『今、福音朗読した佐藤謙一助祭は、司祭になるための宣言文に署名、捺印され司祭になる誓いをたてました。助祭の時に聖職者となる誓いがありますが、司祭になる際にも同じようなことがあります。来る4月29日に新しい司祭が久しぶりに誕生することになります。どうか皆様も彼のためにお祈りください。

   実はこの宣言文は、司教になる祭にもあるのです。私の場合は、東京大司教区で行うはずだったのですが、バチカンの福音宣教省に(司教選任の)挨拶に行った際に、まだ行っていないならばここでやりなさいと、英語の宣誓文を読まされました。そのとき、いっしょにいたのがパキスタンで新しく司教に任命された人でした。いっしょに二人で宣誓したのでした。その後、彼とは新任司教研修会でローマで会いました。何故か彼とはその後も、先月、フィリッピンのセブ島で行われた国際聖体大会で、パキスタンの巡礼団の代表としてお会いしました。私は日本の巡礼団の代表でした。私にとってショックだったのは、パキスタンはご存知のようにイスラム教の国で、キリスト教徒は多くの迫害を受けています。あまり大きなニュースにはなりませんが、教会はタリバンの標的などになっています。非常に困難な状況にありながらも、パキスタンの代表団は40人の信者を大会に送りこんできました。日本は30人でした。台湾は600人の巡礼団でした。日本だけが抜きんでて少ない。これが今の日本の現状でしょう。私もこれまであまり大会には注目していなかった。どちらかというと高齢者の方の大会と思っていました。日本からの参加者も多くが高齢者の方々でした。
 実際にフィリッピンに行くと、フィリッピン自体が若い国ですが、他の国の巡礼団も若い人の参加が多く、フィリッピンも子供や若者がたくさん参加していました。実は初聖体の儀式も行われたのですが、5千人の初聖体でした。(驚きの声)運動場で行われたミサでしたが、まったく教会の勢いが違います。韓国はもちろんですが、ベトナム、インドネシア、そのほかの国々。非常に活気があります。その熱気と活気に圧倒されて帰国し、司教総会で報告したときに、何故、日本だけがこうなんだと問題提起したのです。

 しかし、この現実を受けとめるしかないわけです。今の札幌教区だけでなく、欧米諸国もそうですが、実際に高齢化して教会に集まる人も少なくなってきている。その中でアジア、アフリカ、南米の教会が活気に満ちています。これは「時のしるし」ではないかと感じています。私は司教になってから、ますます司祭が不足している現状から、信徒が自立し教会を担っていく、信徒の養成が急務であると感じていました。しかし、秘跡の執行でさえままならぬという状況が将来なることを考えたときに、その場所だけであったとしても宣教師を派遣していただきたいと。しかし、もう欧米にはそれを頼むことは出来ない状況です。力があるのはアジアの諸国です。そのアジア諸国から宣教師を派遣してくれるよう奔走しているのですが、司教になって3年目になりましが、どうも思惑どおりにことが進まない現実もあります。今後どうなるかは分かりませんが、それは私たちが祈り、そして宣教師を派遣してくれるように努力しているにもかかわらず、そのようにならないというのは、そこには、物事の結果には、神の意思がが表れているのではないかと感じます。つまり、今の状態で何が出来るのか考えなさいと言われているんだと感じます。そうすると見えてくるのは、先ほどお話しした信徒が養成されて教会を担っていく姿とともに、新しい司祭の役割ですね。かつてのようなひとつの教会にどっしりと構えている司祭、あるいは自分の役割を持たされて、それの専従として関わることができる、そういった司祭のイメージを私たちは捨て去らなければならないかもしれません。

 しかし、教会として取り組まなければならない問題は、むしろ新しい様々な問題が出て来ています。今日の福音書で「貧しい人に福音を告げ知らせるため、捕らわれ人に解放を、目の見えない人に視力の回復を、圧迫されている人に自由を、主の恵みの年を告げるため」。教皇フランシスコは今年を「いつくしみの特別聖年」…主の恵みの年は聖年を意味します…。そこで特に強調しているのは、世界の悲惨な状況に置かれている人たちがたくさんいる。この世界の人たちのため具体的に活動するようにと求めておられます。祈りも大切ですが、祈りをとおして具体的な行動を起こしなさいと何回も何回も呼びかけておられます。実際に私たちは、ヨーロッパにおける難民問題とか、貧困や飢餓ということに関しては、あまり私たちの生活の実感として、直接的に関わり合いのないことかもしれません。しかし、その中にあってこの世界と連帯して何かをするように、当然求められているのは確かです。

 さらに今までなかったことで、教皇様は特に環境問題に力を入れています。回勅『ラウダート・シ』がだされましたが、まだ邦訳が完成していません。これで早急に求められているのはそれに対応する部門をつくることです。しかし、世界中で見ると環境に対応する部門があります。つい先月も香港でアジアの担当者の会議が行われました。でも、日本にはその担当部門がないのです。菊地司教様が派遣されましたが、日本ではどの部門で担当するか、まだ結論はでていません。この少ない司教団の中で、みんないろいろ兼務しているのです。新しい部門を立ち上げて、その担当司教を決める余力はないのです。実はそのほかにも、女性と子供の権利に関して、これについても早急に新たな担当部門を設けなければなりません。でも、担当司教ではなく、どこか今ある委員会の下に部会というかたちで置くしかないといわれています。そのほかにもたくさん既存のものがあり、具体的に取り組んでいかなければならない状況です。

  札幌教区を考えてみるならば、一人ひとりの司祭がいくつもの役割を兼務し、いっぱいの状態です。そこに新たな役割を担ってくださいというのは、心苦しい状況になっています。特に、今年、私の年頭司牧書簡の中でも、青少年と外国人の課題について重点的に取り組んでいきたいと考えています。しかし、青少年と外国人の課題に対しても、専従とし関わることが出来る司祭をつけることはもう出来ない状態です。
 このようなことばかり言うと悲観的な感じになるかもしれませんが、実は私はあまり悲観してはいません。この状況こそが、新しいものをつくりあげていくためのステップ、バネになるのではと考えています。今まで私たちが考えていた既成の教会のイメージから、今、違うものをつくりあげよという神様からの、「時のしるし」として与えられているということではと感じているわけです。先日の選任式でもお話しましたが、私たちが考えている教会のイメージは、たぶん10年後、20年後はまったく別なかたちになっているかもしれません。今の教会のかたち自体が、30年前には考えられなかった状態になっています。さらに進んで20年後、私たちは違う教会の中で、ひょっとしたらほかの国に負けないような活性化した教会のすがたを作り出しているかもしれません。ですから、決して悲観することなく、今、与えられている現状の中で何が出来るのか、それに取り組んでいく、それが求められていると思います。

 そこで、私たちは老人ばかりでないかという考えもあるかもしれませんが、先ほどの国際聖体大会の話しに戻ります。約4キロ、5キロの道のりを歩く巡礼、聖体行列がありました。ものすごい熱さと混雑のの中、日本の巡礼団は皆、お年寄りなので、歩き切ることができないだろうと考えていました。その中に92歳の方がおられて、この行列のためにトレーニングを積んでこられたと言ってました。参加されたいとのことでしたが、私たちはホテルで休んでていてほしいと願いましたが、ガンとして聞き入れてくれませんでした。私たち30人の中で完歩したのは7、8人でしたが、 その中に92歳の方も入っていました。多くの人が脱落していく中で、92歳の方が一番元気でした。気力と気概があれば歳は関係なく、何かを駆り立てる原動力になり得るのですね。私たちもそれを見習って、将来の教会のために皆様、立ち上がっていただきたいと思います。』