2023年8月24日木曜日

8月13日 年間第19主日

 この日は、北一条教会出身で現在、東京カトリック神学院で神学生の養成を行っている浅井太郎神父(名古屋教区)がミサの司式とミサ後の講演会でお話をしてくださいました。




【浅井神父様のお説教】

 今日の第一朗読にこんな言葉がありました。列王記(上)ですね。

 エリヤの話ですが、激しい風の後、地震の後、火の後にも主はおられませんでしたが、その後、「静かにささやく声が聞こえた。」とあります。静かにささやく声、神様の声は普通に話している状態では聞こえることはありませんが、しかし、私たちの中に静かにささやいておられる。沈黙の中で耳を澄ます中で、私たちどこかでその声を聞いているはずです。自覚する場合もありますし。自覚されない場合もありますが、しかし、その言葉には力があって人を動かします。ですから、今、皆さん、この場に来ておられる。皆さんを動かし引き寄せてここにひとつに集めておられるのだと思います。

  その静かな声は多くの場合聞こえない声ですが、時には人の声の中に、実際に語られる言葉の中で聞こえる場合もあります。これが神の御言葉、キリストだろうと思います。


 そういった声に引き寄せられて私もここにいるわけですが、1994年8月14日にここ北一条教会で洗礼を受けました。皆さんのほとんどは、私と初めてお目にかかれておられると思いますが、何人かの方あの浅井君だねと懐かしく思っておられると思います。

※この後は、神父様のプライベートなお話になりますので割愛します。