2016年4月30日土曜日

パウロ佐藤謙一司祭 初ミサ

昨日、司祭に叙階されたパウロ佐藤謙一司祭の初ミサが、午前7時から当教会聖堂で行われました。後藤神父様と森田神父様による共同司式でした。

時折、霰もぱらつく寒い朝でしたが、100人ほどがミサに与りました。




佐藤神父様のお説教をご紹介します。


『皆さん、お早うございます。
このようにごいっしょにお祈りできることを本当に光栄に思います。昨日叙階されて一晩経ちましたが、私自身はそんなに変わっていないつもりです。ただ、司祭になるといろんなことを自分でしていかなくてはいけないということを感じています。今日のミサでも、この後、感謝の祭儀を祝うわけですが、本当に大変な奉仕の仕事を任されたという実感が徐々に沸いてきています。
  今日読まれた福音は、昨日の叙階式で読まれた福音(ヨハネ15:12-17)の続きの部分です。昨日の福音では「互いに愛し合いなさい。」ということが言われていました。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」ということが言われていました。昨日の福音の中でイエス様はわたしたちに、本当に大きな掟…自分の命を捨てて他人を愛するという大きな掟を与えてくださったのだと思います。それを私自身も心に刻んで歩んで行きたいと思っております。
  今日の福音(ヨハネ15:18-21)ではその続きで、逆に「憎む」という言葉が出てきています。「世があなたがたを憎むなら、あなたがたを憎む前にわたしを憎んでいたことを覚えなさい。」と言われています。私たちは人を愛するということと同時に、人を憎むことも出来ると言われています。憎むことも出来るというよりも、どうしても私たちは人を憎んでしまわざるを得ない存在だと思います。イエス様ははっきりとそのような私たちのどうしようもない性質、愛したいのに憎むという性質を示しているのだと思います。今日の福音の中で「人々はわたしの名のゆえに、これらのことをみな、あなたがたにするようになる。」と言われています。しかし、私たちは洗礼によって、そうではない者とされたのだと言うことです。イエス様といっしょに世に憎まれたとしても、イエス様の教えは正しいということを、私たちは伝えていくことが出来る、そういう者にされたということです。
  私自身は幼児洗礼ですので、自分から進んで信仰に入ったというわけではありません。その後の親の教育、指導によって信仰を深めていったものです。成人洗礼の方々は、私にとってみると、本当に素晴らしいことだと思うことは、自分の意志でイエス様について行くという信仰を自分で選びとったということ、私にとって本当に素晴らしいことだと思います。成人洗礼の方々はそんなにでもイエス様を信頼して、イエス様の歩まれた道について行こうとしているからです。
 私は今、司祭となって皆さんにその信仰を伝えていく者となりました。私もイエス様の後をついて行こうとしていますが、皆さんと同じように私自身もイエス様から離れたり、別の道を歩もうとしたりすることがあるかもしれません。それは私が一人の人間であって、私自身が素晴らしい者であるということではありません。皆さんと同じように私も罪深い者であるからイエス様について行こうとしているわけです。
  詩編に語られているように、「私たちはひとつの神の民」と語られています。そして、私たちはイエス様から大きな行動の基本となる教えを受けています。個人個人の信仰は大切なことですが、私たち全体が一つとなって歩んでいくことこそが大切だと 信仰の中心にあるのはそこだと思います。これからも私自身、司祭叙階されて信仰を支えてくれるものも、いっしょに歩む皆さんの信仰に支えられているのだと思います。ですから皆さんといっしょにこれからも、イエス様が歩まれた道を歩んで行きたいと思います。
  昨日叙階式がありました。厳密な意味で言いますと昨日の叙階式が「初ミサ」です。しかし、今日のこのミサで主司式者としてミサを執り行う、今日が最初ですから、司祭の第一歩だとすれば、記念すべき一日であるのではと思います。今日、皆さんと共に祈るこの日を心に刻んで、これから歩んで行く司祭生活を充実したものにしていきたいと思います。ですから、皆さん、私のためにもお祈りください。私も皆さんのためにもこれからもずっとお祈りしていきたいと思います。』

聖体拝領


ミサの後には、佐藤神父様から信徒一人一人に祝福がありました。




パウロ佐藤謙一助祭 司祭叙階式

4月29日(祭)当教会聖堂において、札幌教区では実に8年ぶりとなるパウロ佐藤謙一助祭の司祭叙階式が行われました。


まず最初に、佐藤助祭の略歴をご紹介したいと思います。

1966年 函館市で誕生
1967年 宮前町教会で受洗
2010年 日本カトリック神学院入学
2015年 助祭叙階

ようやく桜が咲き始めた札幌ですが、
この日は雨模様の天気で肌寒い一日となりましたが、叙階式が始まる前から聖堂内は祝賀ムードに満ち溢れ熱気に包まれていました。


500名近くの信徒や関係者が集う聖堂に、勝谷司教をはじめ司祭団、助祭、神学生、侍者も合わせて40名が入堂し、11時から叙階式ミサが始まりました。




福音朗読の後、叙階の儀に移り、司祭候補者の選出では場崎神父様が証言されました。


引き続き、勝谷司教様から佐藤助祭へ訓話があり、佐藤助祭が「司祭に叙階される者の約束」を行いました。

「連願」の後、
「司祭叙階の典礼」に移りました。


「嘆願の祈り」の後、受階者に司教様と司祭団から按手がなされました。



司教様の叙階の祈りにより、新司祭が誕生しました。

佐藤新司祭は、司祭服を着衣し、司教様から手のひらに塗油を塗られ、パンとぶどう酒が手渡されました。



司教様からは、次のようなお言葉がありました。

『全国的にみても召命が減少しているなか、札幌教区では8年ぶりに新司祭が誕生しました。今日は横浜と広島教区でも司祭叙階式が行われていますが、それぞれの教区が抱えている問題は同じです。司祭不足ということが重く私たちの課題として圧し掛かっています。しかし、私たちが努力し祈り求めていても、結果としてこの与えられている現実は、神様のみ旨ではないかと考えています。この流れの中で私たちがどのようにして教会を築いていくのか、新しいチャレンジをするように求められていると感じています。しかし、先ほどの訓話の中にもありましたように、私たちの共同体はただ神のみ言葉に強められて信じる人たちが集まっているのでなはなく、目に見える秘跡によって強く養われ築き上げられてきたものです。そしてその要である秘跡を執行する者として存在するのが司祭です。この司祭が要として存在しなければ、私たちの共同体はありえません。そのような意味では今後も札幌教区の中で司祭がたくさん生まれてくるように、皆さんに切に祈り捧げていただきたいと思います。
佐藤新司祭は長い年月をかけて司祭になりましたが、本当の試練はこれからです。司祭として歩んで行くことの困難さは、人には理解し難いたくさんのことがあります。皆さんの祈りと具体的な支えなくしては、司祭生活を続けることは出来ませんので、今後も今日の喜びと共に、長く私たち司祭を支えて下さるように切にお願いします。』

新司祭になられた佐藤神父様へ花束が贈呈されました。



佐藤新司祭からは次のような感謝の言葉がありました。
『皆さん、今日はたくさんお集まりいただき本当に有難うございました。お陰様で皆さんの祈りと支援に支えられ、そして神の恵みによって司祭に叙階したと感じています。これまで司祭になろうと決心してから7年が経ちました。私自身にとっては、あっという間に過ぎ去った7年間だったと思います。そして、この叙階式からが本当の始まりなんだという決意で、これから司祭として皆さんとともに祈りを捧げていきたいと思います。本日は本当に有難うございました。』

叙階式ミサの後は、場所を「聖園こどもの家」に移し、祝賀会が盛大に行われました。




2016年4月24日日曜日

復活節第5主日

この日のミサは、勝谷司教様、後藤神父様、そして今月の29日に司祭叙階式を控えている佐藤助祭の共同司式により行われました。司教様のお説教では福音の非暴力についてのお話がありました。


お説教の中でもご紹介されていましたが、
先々週の16日にローマで行われたカトリックの平和ネットワーク、パックス・クリスティ・インターナショナルとバチカンの正義と平和協議会の共同主催による3日間の国際会議に出席された勝谷司教様が、現地に千羽鶴を持参されました。この千羽鶴は北一条教会の信徒の皆さんが折ったものです。会議の後、イラクのシスターに手渡されたそうです。とても喜んでいたとのこと。




この国際会議には、世界中の紛争地帯から約80人の神学者や平和運動家たちが集まったそうです。最終声明文は、非暴力運動という福音のメッセージを探求するとともに、「非暴力と正義に基づく平和(Just Peace)に関する回勅を世界に伝えるよう」教皇フランシスコに上申されました。

声明文の日本語訳(勝谷司教FaceBookより)はこちらを↓


勝谷司教様のお説教の概要をご紹介します。

『復活祭が終わってから、フィリピン ミンダナオ島のイースタービレッジに行ってきました。
現地は、大干ばつによる影響で作物が全滅し、行政の無策に腹をたてた農民が一揆を起こし警官隊と衝突、多くの犠牲者が出るという悲劇的な出来事がありました。しかし、今回の悲劇の背景には、政治的な思惑も見え隠れしているようでした。ビレッジのあるキダパワンへ向かう道はすべて閉鎖され、一日遅れでのビレッジ到着となりましたが、外の騒ぎとは対照的に施設内は平穏であり子供たちも無事で、皆でバーベキューも楽しむことができたことが幸いでした。

フィリピンを後にしてから、一週間後にはローマで3日間の「非暴力」の会議に出席してきました。北アイルランド、クロアチア、南スーダンなど、かつての、あるいは今現在の紛争地域からも世界的に著名な平和活動家も多数参加していました。中でも北アイルランド問題で平和的解決に尽力されノーベル平和賞を受賞されたマイレッド・コリガン・マグワイアさんとお話をする機会も与えられました。また、南スーダンの司教との会話では、現地に派遣されている自衛隊に対しては、非暴力が徹底されているということから、地元からは厚い信頼を受けているという話も聞くことができました。

3日間缶詰の会議では、非暴力による抵抗は、暴力による抵抗に勝るということ、かつて正義の名のもとに行われた聖戦というものは絶対にありえない、ということなどが話し合われました。
「構造的暴力がはびこっていた社会にたいし、イエスは神の無条件の愛に根ざした新しい非暴力の秩序を宣言されました。イエスの非暴力は弱い無抵抗ではなく、行動としての愛の力です。イエスはご自分のビジョンと実践において、非暴力の神を顕し、体現されました。この真実が、十字架と復活によって明らかにされているのです。そして私たちが非暴力の平和構築を深めるように招かれます。」
会議の最終声明文は直接、教皇フランシスコに上申されました。』

2016年4月17日日曜日

復活節第4主日

熊本地方が大きな地震の被害に見舞われました。被災された方々のもとへ物心ともに支援が行き届きますように、そして亡くなられた方々が主の御元に招かれますように、お祈りを捧げたいと思います。



今日の後藤神父様のお説教をご紹介します。

『5年前の東日本大震災を思い起こすような大地震が熊本地方を襲いました。地震の発生から4日目を迎えますが、今なお大きな余震も頻発し多くの人々が大変な状況に置かれています。テレビでも建物の倒壊や火災の発生、土砂崩れ等の映像が流され、非難場所となるはずの市役所や病院、施設までもが崩れてしまい、対策本部の設営もテントになってしまったというニュースも聞いています。災害や事故の犠牲は突然に起こり、一瞬で人の命を奪うことになります。そうすると、家族との最後の言葉も交わせず亡くなっていくという現実を目の当たりにしなければなりません。何の準備もなく、何の別れの言葉を告げられず、亡くなっていかざるをえない、そのような現実を今回の地震をとおして考えさせられます。悲しみに寄り添うことは簡単なことではありません。ただ、亡くなられた方々のため、そしてその遺族のため、被災者のために、私たちは今誰もが祈りを捧げようとしています。私たちは今、悲しみと不安の中にいる人々の心が少しでも安らぎますようにと、ただ祈るしかないような気がしています。今日いち早く、役員の方々が献金箱を準備してくださっていますが、今後カリタスジャパンをとおしても私たちに呼びかけが来ることと思います。今私たちは自分たちに出来る祈りと共に、被災者のため、復興のために私たちに出来るせめてもの善意を、積み重ねていきたいと思っています。

さて、今日の聖書の言葉を皆さんは、どのように聞いたでしょうか。
今日は非常に短い聖書の言葉でした。そして今日は復活節第4主日であり、毎年、「よき牧者」の聖書の箇所が朗読されることになっており、そのみ言葉が私たちに語られました。今日のヨハネの福音朗読の箇所を前後から読んでいくと、その印象は冬のように感じられました。エルサレムの冬は寒く、イエスは神殿の境内でソロモンの廊を歩いていたと、今日の朗読の少し手前に書かれています。紀元前170年頃、エルサレムはシリアの攻撃によって陥落しています。そして神殿も決定的に汚されてしまいました。祭壇の上で豚を焼かれるという非常に屈辱的な状況をユダヤ人は体験しています。しかしその後、ユダヤ人たちは激しい戦いの末、再びエルサレムの神殿を奪い返します。そして神殿を改めて聖別し清めて奉献したとあります。それが聖書で書かれる「宮きよめ」という行事につながっていったそうです。「宮きよめ」は、八日間喜びを表すという行事としてイエスの時代には続いていたそうです。そのような喜びの祭りが行われている回廊をイエスが歩いていたというのが今日の朗読箇所の背景です。
八日間の喜びの祭りが行われ、自分たちの信仰の世界が戻ってきたことで、ユダヤ人たちは、再び狭い律法主義の虜になる人々がたくさん出てきたそうです。そのような時代になってイエスが現れ、イエスが新しい聖書の教えを説き、人々の注目を今集めていました。律法の虜になってしまいイエスを認めることができない人々、イスラエルの民、ユダヤの民を正しく牧することができないでいたそうした人々は、イエスの声に従うこともできずに再びイエスを取り囲んで論争を仕掛けました。こうした場面は新約聖書のあちこちに記されています。
「もしあなたがキリストならはっきり言ってください」今日の場面はそのような問答から始まっていました。
不躾な質問です。でもイエスは彼らの心を見抜いています。父である神が自分を派遣したことを信じようとしない人たち、自分が話をしてもそれを受け入れることができない、信じることができない人たちであるならば、どんな答えも馬の耳に念仏と、イエスは彼らの不信仰を指摘しているのです。聖書の中で、聞く耳のあるものは聞きなさいという言葉が繰り返し出てくるのも、こうした背景と重なってくるような気がします。いくら話しても最初から聞こうとしない人たちには、イエスは神の国を理解するのはまだまだ難しいということを悟ったと思います。
そうしたイエスとの論争が続く中で、二つの事が明らかにされようとしています。
一つはイエスが来たのは古いイスラエルの考えを徹底的に剥がすためでした。イエスはこれまで熱心なユダヤ人たちが守ってきた教えに、新しい考え方を付け加えて、罪ではなく、がんじがらみになった規則を守るためではなく、愛を大切にすることを説かれました。
二つ目は、新しいイスラエルである神の民はイエスをキリストと信じ、永遠の命を受ける新しい共同体として聖別させること。それは取りも直さず、私たち一人一人を神の御国へ導くということでした。
この二つの使命が神殿から始まってくるということを、私たちは聖書で理解できています。聖書のある箇所は、イエスの公的な宣教が神殿から始まっていたことを告げています。私たちもそのことを思い起こすことができます。イエスはある日神殿に入っていったら、神殿の中庭で商売をしている人たちがたくさんいたということが聖書に書かれています。イエスはそれを見ながら、父の家を商売の家としてはならないと、商売道具を引っくり返すというイエスの一面も聖書は語っています。そしてその時イエスはこう言いました。「「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」(ヨハネ2・19)こうしたイエスの公的な宣言も神殿から始まっていたということです。
三日で神殿を立て直す、後々それはイエスの体のことであると弟子たちは理解しましたが、その時はそのことがイエスが死んで三日目に復活するということだとは十分に理解できないまま心に留めていたわけです。イエス・キリストの体である教会は、よき牧者であるイエスの声に聞き従う羊の群れにも例えられます。よき牧者の元に集う共同体、それが教会の姿でもあるということ、そしてイエスに従うものには永遠の命が約束されることがそこで語られます。私たち一人一人が集うこの教会もまた、そのよき牧者のもとに集まる羊であり、教会共同体であり、永遠の命に招かれている一人一人であるのだと思います。

今私たちは、いつくみの特別聖年を歩んでいます。よき牧者であるイエスによって、一人一人が招かれ、呼び集められているということを私たちはもう一度意識したいを思います。私たち一人一人がいつくしみを持って、イエスのもとに集まることを神は願っている。その呼びかけに耳を傾けられないということなら、この羊の群れから、教会共同体から脱落してしまうということになってしまうのでしょうか。たとえ今は囲いの外にあっても、その群れを導き、永遠の命の祝福を与えてくださるということは、聖書がいつも告げている中心的なテーマでもあります。四つの福音書はみな、そのことを中心にして主張しています。
父である神から遣わされたイエスによって、十字架の贖いによって、私たちは一人一人罪が赦され、永遠の命に招かれるものであるということ。
私と父は一つであるとイエスは話されました。キリストに守られ、父なる神の御手に守られているのは、イエスの御業が父なる神の御業に他ならないことだと言えると思います。よき牧者であられるイエスは、一人一人を主の招きに応えられるように今日も自分に従う信者が一つになることをひたすら願っている、そう私は信じます。今、主の祭壇の前に一つになって祈りを捧げ、イエスに深くつながろうとしています。
私たちの信仰、その感謝の心をもって、今日も主の食卓を囲み、祈りを一つにしたいと思います。』

2016年4月10日日曜日

復活節第3主日

さあ、来て、朝の食事をしなさい(ヨハネ21・12より)



復活節第3主日を迎えました。
今日の福音では、ヨハネ福音書の最終章(21章)が朗読されました。この最終章はヨハネの弟子によって後に書き加えられたと考えられています。

イエスの死後、弟子たちはガリラヤ湖で一晩中漁をしていましたが、魚はまったく獲れませんでした。
そこに、復活されたイエスが現れますが、弟子たちは気付きません。
イエスが彼らに「舟の右側に網を打ちなさい。」と告げ、
実際そのようにすると、網を引き揚げられないだけの大量の魚がかかりました。
弟子の一人はおそらく、イエスとの最初の出会いの出来事(ルカ5・4-8)を思い出したのでしょう。「主だ」と言いました。
その後、イエスは、ペトロに三度 「私を愛しているか」と自分への思いをお尋ねになりました。

後藤神父様のお説教をご紹介します。


『イエスの復活を祝って私たちは2週間を過ごしてきました。パウロは「キリストの復活がなかったなら、教会の宣教は無駄となり、私たちの信仰もまた空しく、私たちは今もなお罪の中にいることになる。」(1コリント15:12-19)と、このように大胆に話しています。復活を祝った私たちの信仰を持って今日もまた私たちは教会に集います。そして主の祭壇を前に一致して祈ります。イエスの復活によって新しくされたその信仰は、私たちに実感出来ているでしょうか。復活を祝った私たちですが、その復活を私たちは、自分の信仰で一人ひとりが実感出来ているでしょうか。復活を祝ったと言いますが、具体的に私たちは何を記念しお祝いしたのでしょうか。その一人ひとりの信仰をいつも問われているような気がします。

  み言葉に耳を傾けながらイエスへの信仰を私たちは強めていきたいものだと思います。今日のみ言葉はペトロと弟子たちとの間にあって、復活されたイエスとの出会いの物語が語られます。復活祭を迎えてから、その復活の主との出会いがみ言葉を通して私たちに語られます。それぞれ四つの福音書がイエスの復活の出来事を詳細に記しています。ヨハネの福音では、墓のあったエルサレム近郊と弟子たちが隠れていた場所にイエスが復活の姿を現します。私たちに告げられているヨハネ福音の21章、今日の物語は20章の出来事を踏まえて書かれたものです。ヨハネ福音の21章は福音書の最後にあたります。一番最後の章になっています。内容を見てみるとヨハネ福音の20章で中味は終わっているのです。実際は20章でヨハネの福音書は終わりを告げています。それなのに、もう1章加えられて今日の福音が語られているのです。何故そのようなことがあるのか、どのような理由があったのでしょうか。そんなことを私たちは少しを考えてみると、この福音書が書かれた目的も深く理解出来ることになります。                                                
  20章の最後にこう加えられています。「このほかにも、イエスが弟子たちの前で、多くのしるしをなさったが、それはこの書物に書かれていない。これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためである。」(20:30-31)復活した出来事、そして復活した主との出会いを通して弟子たちが変わってきたこと、変わっていくこと、そのことをこのヨハネの福音書は目的として書かれている。だから、一応終わったけれど、様々にイエスの伝承を誰もが語り聞いています。イエスの復活物語は、きっと聖書のほかにもいろいろないい伝えがあったのだと思います。ですから出来るだけそのことを知らせましょう、書きましょう、記しましょうということを、また加えられた内容がを今日、読まれた内容でもあるということです。

   弟子たちのリーダーであったペトロは一度ならず、二度、三度と復活のイエスと出会っていることが聖書に書かれます。最初にペトロが復活したイエスに出会ったことは、実は聖書には具体的に詳しくは記されていないのです。本当に小さな記事でしか書かれていない。よくよく注意して読まないと、その箇所はほとんど記憶に留まらないかたちで読み過ごしてしまいそうな内容です。
  紹介しますと、その一つはルカによる福音書の24章にあります。あのエマオの旅人の中に
触れられているのです。「エルサレムに戻ってみると11人とその仲間が集まって本当に主は復活してシモンに現れたと言っていた。」(ルカ24:34)このような記事が書かれています。シモンに現れたと言っていた。エマオに向かう二人の弟子たちが、その道々で復活したイエスに会ったという出来事の中の1節に「シモンに現れた。」ということが記されているだけなのです。どんな状況でペトロに現れたかは、具体的な内容は聖書には触れられていません。弟子たちの中でも特別な存在であったペトロでしたから、イエスはなるべく早くペトロに現れていたのかもしれません。ペトロが他の人たちに先立って復活された主に出会っていたのだ、このように推測するしかありません。とはいえ復活の主はいつまでもいっしょに居てくれる復活の主ではありませんでした。復活の記事の中を見てもいつもそうです。復活の主は現れるんです。私たちの間に、みんなが集まっている中に、永く留まったという記事はどこにもありません。ふと現れて弟子たちと話しをしながら、そこからいなくなっているということが、繰り返えされるだけです。
  復活のイエスに出会ったとしても、寝食を共にしたかつてのイエスの姿に触れることはできません。ペトロも弟子たちも黙って座っているわけには、復活の主を待っているだけではいられない状況が続きます。いつでもいっしょにいてくれるなら、また違った行動になるのでしょうが、復活の主は現れるけれど自分たちからまた姿を消し、それを繰り返された時、どう考えたら良いのでしょうか。
 復活のイエスを待ちつつも、ペトロは漁師の仕事に戻っていこうと考えた。それが今日のみ言葉に綴られています。彼らはまだ共同生活をしていたかのようです、いっしよに自分たちのかつてしていた猟の仕事をしようとします。しばらくは猟から離れてイエスと共に生活をしていた弟子たちですけれども。夜通し網を降ろしていました。でもその日は何も魚が捕れなかった。でもそんなことは誰も驚きはしません。そんな経験はかつて何度も何度もしてきたことでした。この日の猟は諦めようと岸に引き返してきます。岸に近づいてくると、誰かが声をかけ「何か食べ物はあるか。」と叫んできました。弟子たちは夜通し網を打って何も捕れず、仕事に疲れ、おなかも空かしていたことでしょう。何か食べ物はあるか、腹立たしい質問に聞こえたかもしれません。「食べ物はない。」と答えました。でもすぐ今度は「舟の右の方に網を打ちなさい。」と声がかかります。夜通し苦労して働き帰って来たのに、また網を打てとはどういうことなのか。冗談でも言われたかのように受けとめたかもしれませんが、それでも網を打ってみました。すると不思議なこと網に魚が入っている手応えが伝わってきます。どういうことだろうか。夜通し網を打って引き上げても魚一匹捕れなかったのに。いま網を打てと言われて素直に従ったときに、魚がたくさん網にかかっている、その手応えを今感じている。どういうことなのか、ためらいがちに沈黙してしまいます。でも弟子の一人であるヨハネは気づきました。岸の方から自分たちをじっと見ているその人を指さして「主だ。」とヨハネは叫びました。ヨハネは過去の出来事を思い出しました。過去にも同じ事がありました。大漁である理由もそれで分かりました。でもヨハネは気づいた後、ほかの弟子も次から次へと過去の出来事とまったく同じ事が起きている。そのことに気づいています。

 もし、私たちが神に与えられた本来の姿を生きていなければ、生きていても死んでいるといえるかもしれません。もし、私たちが神に与えられた本当の自分の価値を知らないで、自分をおとしめるような生き方をしているならば、それは生きていても死んでいるといえるかもしれません。ペトロもほかの弟子たちもきっとそのことを考えていたと思います。神から与えられたその使命を生きていなければ自分たちはいったい何なのだろう。そんな想いが弟子たち一人ひとりの中にあったようです。自分たちが十字架に架かったイエスを見捨てて逃げてしまったこと、自分たちの罪の重さもそういう想いの中に浮かんできます。罪深い私たち、あんなに愛され、指導を受けて喜びを共有してきた自分たちであったのに。それでも私たちは十字架のイエスを見て逃げてしまった。そういう一面を弟子たちは考え、何度も何度もイエスと出会ったとしても、もう戻って来てはくれないだろうとそんな不安も抱えていました。復活のイエスに出会ったとしても、それはあくまでイエスの出来事であって、自分自身の復活の出来事につながってこなかった。ペトロはそういう意味で死んでいたのかもしれません。イエスに召し出され愛され、その中でなおかつ「あなたは岩である。その岩の上にわたしの教会を建てよう。」(マタイ16:18)という光栄ある言葉をいただいたペトロであったのに、ペトロは神から託された使命を自覚できないままで、イエスに従っていたのかもしれません。復活のイエスとの出会いを繰り返しながら、死んだペトロを立ち上がらせ生かしたのはまさに復活の主イエスでした。

  良く私たちは分かち合いをする中で、神様の愛、イエスの愛について考えます。そして、ある人は、神様は私たちを無条件に愛してくれているんですねと気づいています。失敗しても、落ち込んだとしても、イエスの愛はこの自分に注がれている。立ち上がるまで、生き返るまで
、神の愛は私たちの上に注ぎ込まれています。
  今日のみ言葉の中で、私はとてもうれしい一節(ひとこと)に出合っています。きっと弟子たちもその言葉におおきな喜びを感じたはずです。疲れて岸に戻ってきて、復活の主がそこにいました。復活の主は薪を燃やし暖をとるように弟子たちを迎えてくれます。その火の上には魚が焼かれ、パンまで用意されていました。イエスのやさしさぬくもりに弟子たちは本当に心休まる思いでイエスのもとに戻ってきたと思います。イエスは彼らに声をかけます。「さあ、来て、朝の食事をしなさい。」
 私は『聖書と典礼』を最初に手にしたとき、表紙の絵の上にも「さあ、来て、朝の食事をしなさい」という言葉が綴られていました。私たちもこの教会に集い、このミサに与り、イエスに招かれ「朝の食事をしなさい。」と、ご聖体を用意されているかのように受けとめています。私たちにも呼びかけてくるイエスの言葉のように聴こえてきます。弟子たちにもそうであったように、わたしたちの飢え、渇きを満たしてくださるイエスです。恵みに満たされた処から「新しい一日を、新しい命を生きなさい。」そう言ってくださるのが復活の主であると思います。
  今日もまた、このミサの中で私たちはご聖体の恵みをいただきます。「朝の食事をしなさい」と語りかけてくださっているイエスの声を聴きながら、私たちはこのミサで共に祈り、感謝してご聖体に近づきたいと思います。』

2016年4月3日日曜日

復活節第2主日(神のいつくしみの主日)


先週の復活祭から一週間が経ち、私たちは今日「神のいつくしみの主日」を迎えています。

喜びも束の間、現実に引き戻された私たちの心の中には、主の御復活の喜びはちゃんと残っているでしょうか。
今日の福音にあったトマスのように、信仰がゆらぎそうなときに、主よどうか弱い私たちを強めてください。





この日のミサでは、佐藤謙一助祭が北一条教会で初めてのお説教をされました。

早速、ご紹介したいと思います。

『先週、イエス・キリストは復活されました。
十字架の死に打ち勝ち復活し神の永遠のいのちの中に生きておられます。
先週の復活徹夜祭や日中の復活の主日では空になった墓を婦人たちやペトロとヨハネが確認しました。

復活の八日間の週日のミサの朗読では復活したイエスのことばが語られていました。
イエスのことばは聖金曜日の「成し遂げられた」ということばが最後のことばでした。
さて、復活したイエスはまず、婦人たちに「おはよう」と言い、マグダラのマリアには「婦人よ、なぜ泣 いているのか。誰を探しているのか」と言いました。
エマオへと失意のうちに歩いて行く二人の弟子と一緒にイエスは歩き始められ「やり取りしているその話 は何のことですか」と尋ねました。
そしてエマオから戻った弟子たちと一緒に11人の弟子たちがこれまでのことの次第を話し合っていたときに、イエスは突然現れ「あなたがたに平和があるように」と言われました。
また、漁をしていた弟子たちに「子たちよ何か食べ物があるか」と言われ、魚の取れるところを指示し、わざわざ炭火まで起こして待っていてくれました。
そして土曜日には弟子たちに向かって「全世界に行って福音をのべ伝えなさい」と言われました。


今日は、隠れ潜んでいた弟子たちの真ん中にイエスが突然現れ「あなたがたに平和があるように」と言われました。
このように復活したイエスは婦人たちや弟子たちに現れて、いつもともにいることを示し励ましてくれたのでした。
今日の福音でもイエスは「あなたがたに平和があるように」ということばで話されました。
木曜日の福音でもこれと同じことばが述べられましたが、そのときは弟子たちは恐れおののき亡霊を見ているのだと思ったとあります。
今日の福音ではどうでしょう。弟子たちは部屋に鍵をかけてユダヤ人が入ってこられないようにしていました。自分たちにもどんな迫害が及ぶかもわからない。町にはイエスを支持していた残党をとらえようとしている人々がいるかもしれない。弟子たちはそう思っていたのかもしれません。一つの家に閉じこもり中から鍵をかけて災いが過ぎ去るのを待っていました。
そこに突然イエスが真ん中に現れたのです。その主を見て弟子たちはとても喜んだとあります。恐れにふるえていた弟子たちにとってイエスの存在はとても力強かったのでしよう。「あなたがたに平和があるように」とイエスは言います。
このことばは意味深いことばです。弟子たちはユダヤ人を恐れて自分たちに危害が加えられないようにじっとしていました。
じっとしていてすべてが過ぎ去るまで何もないように、ということが平和ではありません。おそれのうちにいるうちは何もなくても心に平和はありません。平和というのは無関心のうちに過ぎ去ることではないのです。何もなければ平和だというのは間違っています。平和はたとえ迫害されたとしても間違っていることは間違っていると主張し、正しい方向へ導くことで得られるものです。
また、復活のイエスとの出会いは弟子たちにとってゆるしの場でもあります。自分たちがユダヤ人たちにおびえ閉じこもっていたときに復活のイエスが現れ、自分たちを喜びに満たしてくださいます。それによってイエスは復活されたのだとの確信が生まれました。このとき、イエスの死から今まで神を信頼していなかった自分を悔い改めたのではないでしょうか、あらためて神との和解を弟子たちは果たすことができたのだと思います。
そしてイエスは弟子たちに聖霊を授けます。聖霊を受けてそれに突き動かされてこれから弟子たちはイエス・キリストが復活されたことを宣べ伝えて、神の愛とゆるしを説いていきます。

しかし、トマスは、この時いませんでした。もしかしたら失望して弟子たちの中から離れていこうとしていたのかもしれません。ほかの弟子たちに復活のイエスに会ったと聞かされても見なければ信じないと言います。
見なければ信じないという言葉は一見正当性があるように感じます。しかし世の中のことは本当は見てもいないのに信じていることが多いのです。ほとんどの人はニュースや言い伝えで話されていることを信じています。実際にみてもいない、その場に行ってもいないのに信じています。
神からのよい知らせである福音を聞いて信じないで、世の中のことを聞いて信じるだけではもったいないことだと思います。
トマスはほかの弟子がイエスを見たといったのを聞いて、疑いと同時に、もしかしたら自分の人生のすべてが変わるかもしれないと思って八日ののち一緒にいたのかもしれません。
イエスはトマスを信じる者に変えてくださいました。
「わたしの主、わたしの神よ」と。
イエスはトマスの信仰をよみがえらせてくださったのです。
イエスはわたしたちが信仰に疑いを持つようなときに、必ずわたしたちに働きかけてくださるはずです。
使徒たちの時代は復活のイエスが主の昇天まで現れていました。
そののちのすべてのキリスト者は復活のイエスを実際には見ていません。
「見ないで信じる者は幸いである」というのはイエスの祝福のことばです。
わたしたちがトマスのように「イエスよ、あなたはわたしの主、わたしの神です」と言えるようにイエスは望んでいます。
このように復活したイエスを信じることはわたしたちの生き方に関わってくることなのです。
わたしたちもトマスのように復活のイエスを信じていくことができるよう祈ってまいりましょう。』