今日の福音は、「最後の晩餐」の席でイエスが弟子たちに話された「ぶどうの木」のたとえでした。
後藤神父様のお説教を紹介します。
『良い天気が続き、教会と「聖園こどもの家」の境にある桜も満開を迎えています。おそらく永山公園も桜が満開ではないでしょうか。
4月ももう終わり、5月は聖母マリア様の月になります。マリア様を通して私たちの祈りもまた豊かに花開く季節としたいものです。
皆さんは、今日の福音のみ言葉を聞き終えて、心の中で何が響き、何が残っているでしょうか?今この瞬間、み言葉は心に留まっているでしょうか?
今日のヨハネの福音では「ぶどうの木」のたとえ話が話されました。
なぜイエスは自分が「まことのぶどうの木である」と話したのでしょうか?
イエスは「つながる」という言葉を9回も使って、「つながる」ことの大切さを強調していました。
私たち日本人は、「つながる」という言葉をどのようにイメージするでしょうか。
信仰においてイエスと私たちが「つながる」ということを、どう考え、どう受け止めるべきなのでしょうか?
もし私が皆さんに、「あなたは、主イエスとつながっていますか?」という質問を投げかけたとすると、皆さん一人一人はどんな言葉で答えられるでしょうか?
自分の信仰を振り返りながら、それぞれがいろいろな言葉で説明されると思います。一人一人自分の信仰を確認することができるかもしれません。自分の信仰をみつめる機会になるかもしれません。
今日のみ言葉の少し前で、イエスご自身が「わたしは道そのものである。まことそのものである。そして、命そのものである」と、道・真理・命という言葉を使って自分自身をも表しています。ヨハネがこの福音を書いた時代、そしてヨハネが体験した信仰の交わりの中で、神の民が集まる教会は「神のぶどう畑だ」というイエスの言葉、教えを思い浮かべていたのだと思います。ヨハネはイエスの大事な言葉を思い出して、イエスこそ「まことのぶどうの木」であると力強く主張しました。ヨハネが福音を書いたのは随分と高齢になってからのことでした。そしてイエスが亡くなってから随分と時間が経過していました。
ですから、初代教会の動きをよく見つめてきたヨハネにとって、教会での出来事や人々の信仰心が少しづつ変化している、教会の信者が増え組織化されていく中で出てくる様々な体験もあったようです。
ヨハネの思いを考えると、主イエス・キリストこそ天の御国に通じる霊的な命そのものの方であって、その命につながって、その命に生かされなければ神の御国の永遠の命に生きることはできないのだ、だから、つながっていくことが何よりも大切である、とヨハネはどうしてもそう述べたかったのだと私は考えざるを得ません。
今日聞いたみ言葉の一節の中で、「わたしの話した言葉によって、あなたがたはすでに清くなっている」という言葉にも心が留まりました。「清い」という言葉に注目すると、私自身は信仰においてどうであろうか、清さを保っているだろうかと、そのような思いにも至ります。
「神のぶどう畑である教会」は、初代教会の頃、皆そのような思いで助け合い、支え合い、愛し合ってキリストに深く一致して歩んでいきました。一つにつながる教会の姿をそこに表していました。しかし、イエス・キリストが十字架でなくなって、30年、50年と経つうちに、教会の中では取り仕切る人が必要なほど大きな組織になっていきました。取り仕切る人は、時には権力を握る者でもありました。支配していく状況も生まれていきました。清さを保ちながら信仰を生きようとする中でも、私利私欲に流される者も現れてきます。みすぼらしい体験をせざるを得ない人も多くなります。
心の清さは、世の汚れに染まらないことだといいます。私たちの信仰はどうでしょうか。世の汚れに染まっていないでしょうか。清さはイエスの言葉によって与えられるものです。ぶどうの木につながることによって、その清さは保たれるのです。
パウロも、「清いこころで主を呼び求める人々と共に、正義と信仰と愛を求めなさい」、と言っています。
今日の「つながっていなさい」というみ言葉は、私たちの信仰や心が本当に、神にそしてイエス・キリストにしっかりと深くつながっているのかどうかを黙想するテーマとして与えられているような気がします。』
2018年4月29日日曜日
2018年4月22日日曜日
復活節第4主日(世界召命祈願の日)
復活節第4主日のテーマは「よい牧者」。
この日のミサは勝谷司教様が司式されました。
この日のミサは勝谷司教様が司式されました。
この日の勝谷司教様のお説教をご紹介します。
『今日の「世界召命祈願日」に当たって教皇様は、書簡を発表しました。そのテーマは若者に対して「聞き、識別し、生きる」という3つのステップを踏んで、神さまの召し出しを見出し、それを識別し、それに応えて生きるようにと、呼びかけておられます。 枝の主日の「世界青年の日」のメッセージにも、非常に長いメッセージだったのですが、その中で現代のネット、SNSの世界の中で若者たちが、非常に素晴らしい道具ですが、逆に多くの危険性が潜んでいます。小さなコンピューターやスマートフォンという窓からしか世界を見られない。結局、自らを狭い部屋に閉じ込めて若さの炎を消してしまうことのないように、必死に呼びかけておられました。
このような危機感から、今年の世界代表司教会議(シノドス) のテーマは、青年・召命に絞られて、10月に向かって準備を進めています。この10月のシノドスの会議に向けて、 全世界のアンケートの調査が行われました。私が去年から、青少年の司牧担当になっていますので、そのアンケートの取り纏めを依頼され行ったのです。全国の青年担当者や学校関係者にこのアンケートを配りました。そこに書いてあった注意書きには、直接青年にこのアンケートに答えてもらう。そのお願いを添えて全国にの配りました。膨大な数のアンケートが帰ってきて、集計に大変苦労したのですが、直接青年が答えたアンケートは1通だけでした。しかもその1通は、小教区や教区、学校関係ではなくて、東京のネットワークミーティングという、学生が独自に運営しているグループです。そのほかはすべて担当司祭や先生が答えたものでした。これは何を物語っているかというと、今の教会、こういうシステム、組織、教区、小教区という中では、もはや直接、青年と関わることが出来ないとなっているということです。こういう教会という組織の中には、もう青年たちは関わらない。教皇も青年たちとコンタクトをとる術を失っていると言っていましたが、今回のアンケート調査で良く分かりました。
昨年、支笏湖でネットワークミーティングの集まりがありました。全国から100人以上の青年が集まって来ました。札幌からも30人くらいのスタッフが集まり運営してきました。 これだけの青年がまだ全国にいる。そして、札幌にも関わっている青年がいると驚いたのですが、わたしは全体の集まりの中で聞いてみたのです。「この中で、自分の所属するネットワークミーティングに申し込みをしたときに、どのグループを代表して来たか?」いろいろな活動のグループがあります。小教区の青年会を代表して来た人は手を挙げてください、一人もいませんでした。これが今の日本の教会の現状だということです。
彼らが今、今日の福音のテーマですが、牧者の声に耳を傾ける。いったいどこの牧者に耳を傾けているかということはとても心配になります。教皇様が懸念されていたように、この閉ざされたネットの窓口からしか世界を見ていないという傾向が、非常に顕著になってきています。当然、それによって様々な懸念といわれるものがあります。非常に片寄っていくとか、テロもそうですね。知らないあいだに自分がどんどんそういった中になかに入っていくけれど、歯止めがかからない。実体験の中で関わっている人はいない。ネットの情報の世界の中だけで物事を判断している。そういうとんでもないところに行ってしまう可能性があるのです。
そして、もうひとつ教皇様が指摘されておられたのは、ネそのようなット依存とは言わないが、ネットに関わっている青年たちは、ある種の恐れというものが根本に抱いている。この恐れというのは何か。宗教的に言うならば、人間的にある根本的な恐れは、自分が愛されていないという恐れ。あるいは誰からも何も必要とされていない、好かれていない、受け入れられていない。それの如実な現れは、SNSと言われる、皆さん理解してくれるかどうか心配なのですが。皆さんはYESマイスター知ってますね。いわゆる自撮りをしたり、自分を良く見せようとする。必死になっている。何のため。「いいね」をもらうつもりなのですね。いろんな人がネットを通して見ることが出来る。そして、いいね、素晴らしいという反応をするのです。その「いいね」の数。自分の精神的な反応をはかる。特にフェイスブックやそのほかのラインもそうなのですが、SNSの世界がそうです。自分を肯定してくれる仲間たちがどれだけいるかがとても気になる。返事がない。そういう私もSNSをやっていて、記事を載せると100以上の「いいね」がつくのです。50くらいだと何かあったかなと。心配になり、気になるのです。自分のアイデンティティが崩壊のところまでは絶対いかないけれど、そのすれすれのところで必死になってくいとどまっている青年たちがいるのが現実だと思います。
先ほどの情報の話しですが、彼らはどういう情報を得ているのか。私たちは、皆さんも同世代の人が多いと思いますが、学生時代はどうやって情報を得るか。学校の授業、図書館。あるいは自分が直接電話をかけてしか方法は無かったですね。ところが今は簡単に、ありとあらゆる情報が机上で集められるようになってしまいますき。そんな中で若者たちは、実際に出会う感覚無しで世界を判断している。これはとても恐ろしいことだと思います。
実際に具体的な話しがいくつかあるのですが、ひとつはこういう場で話したくないのですが、政治的な今の問題について。とても片寄った情報で、しかも浅い解釈でそちらの世界に入っていってしまう。あるいは今、教会の中でも少し微妙な問題になっています。福島の放射能汚染でどのような対応をとるか。今、現実に避難退避されて戻ってくる人たちがいるのです。そうした中で一生懸命、復興支援を支えているグループがいるのです。しかし片や同じように、 それがどれほど危険であるか、まだ本当に示されている情報が安全なのか。安全だ安全だという情報が先にいって、子どもたちにもそういっているのですが、その根拠はなんなのか。懸念を示す農家もいるのです。そういう人たちはネットで情報を発信していますが、多くの場合は国の政策に従った情報が圧倒的に多くて、その情報を丸呑み信じている人たちがいるのです。本当にこれは大丈夫なのかなと。本当の情報がどこにあるのかは、なかなか識別しずらい。 だから教皇様言っているように識別し生きるのですが、その判断の基準というものがどこにあるのか。難しい問題ですが少なくてもネットの情報は、うまく大切に利用しながら、実際に自分の目で認識する大切さ。そして、本当の意味で自分の人生を決定づけるような体験は、やはり直に出会うこと。そういう人間関係、触れあいをとおしてか得られないと私は考えています。
私自身がこういう道に歩んだきっかけは、洗礼を受けた時の出会いが強烈だったこともあります。大学時代、東京に行ったときに真生会館という学生会館でいろいろな活動を行っていました。あの当時は学生運動も崩壊してしまって、一部のセクトが内ゲバを繰り返している時代で、あまり政治的なことにはかかわらないで、むしろ学生の聖書研究会や音楽を聞くとか、真生会館では多かった。ところが、アジアの国際会議がバンコクで開かれる時に、それはかつての学生運動の流れを色濃く残している団体、IMCS(国際カトリック学生連盟)、そこには昔のカトリック学生連盟に所属していたのです。全国の高校や大学に広まりますが、1968年に崩壊します。その後、全国で統一した学生運動はなかったのです。学生運動の中心だった真生会館。真生会館で集っている学生の中で、何故か私が目立ったのか、それに(バンコク)行けと言われて、行かされるハメになりました。その時の青少年担当司教が後の濱尾枢機卿でその時は司教で、東京の補佐司教でした。私はイヤでイヤでしょうがなかったのですが、英語の会議に、英語に慣れない人間に何が出来るのかと思いました。特にそういう政治的、社会的な運動に対して関心が高かったわけではなかった私が行かされたのです。
その時の体験が非常に大きかったです。あの当時、東南アジア、香港やバンコクを含めて、東南アジア各国では日本製品の不買運動が行われていました。日本の経済進出、エコノミック・アニマルが行われ、様々な社会問題が東南アジアで起こっていました。
反日感情が非常に高まり、路上で日本製品が積み上げられ火をつけて燃やされる、テレビで何度も報道されていました。私は何度もそういうニュースに接していましたが、人ごとのようにしか感じていませんでした。しかし、その会議に行ったときに、まさにそれが話し合いのテーマとしてあげられたのです。当然、私に対していろいろ質問がくるわけですが、そもそも知らない、答えようがないのです。知らなかったという恥ずかしさだけでなく、知らなかっただけでは済まされない日本人の責任。それを非常に感じさせられました。そして、休憩時間にある参加者の女の子。一言、私と同じグループだったのですが、「あなたは自分をアジアの一員だと思っているの?」。そんな質問を受けると思ってませんでしたから、そのときの私には答えることができませんでした。というのも、外国といえば、アジアは考えていなかった。ヨーロッパやアメリカ。アメリカのホームドラマで育った時代ですから。フリッパーとか名犬ラッシーとか、日曜日の午前中や夜中のゴールデンタイムはアメリカドラマのものばっかりでした。自分をアメリカの一員と錯覚、おちいっていたきらいもあります。その当時の日本は、アジアの貧しさから脱して、ヨーロッパと対等のメンバーになろうと、経済的に目指していた。それは、明治維新のときからですね。戦争が終わった後は、経済的にそれを築いた時代だったと思います。しかし、東南アジアで生きていたその学生たちは、戦前は軍隊に、戦後は経済で支配され、自分たちは苦しめられていると感じていたのです。そのような苦しみを実感しているのに、親しくなった友からのたった一言。日本で何度も接していたニュースの情報より、はるか強烈にわたしの心に突き刺さってきました。テレビの情報によっては、自分を変えようと、生き方を変えようなどとは、まったく思わなかったのですが、その友のたった一言は自分の人生を変えてしまった。そういうことが言えます。
その会議に参加した経験から、会議に集まった友達のつてを辿って、東南アジアの研修旅行を真生会館を中心に、毎年エクスポージャして回って歩けるようになりました。そこで出会った人たちが、いろいろの人たちの考え方から、だんだんと自分は神学校に行きたいというような感覚になっていったのです。
ですからそれに比べて、先ほどまで言っていたネットの情報は、自分を傷つくことのない立場において、机上で集められた情報にすぎません。わたしたちは外に出向いて行って、実際そういう人たちと出会う体験を通じて、他を知る体験をするわけです。ネットやテレビは確かに共感を呼び起こすような情報もあります。でもちょっと自分を中心に見たくないものであれば遮断し、テレビだったらチャンネルを切り変えることもできます。傍観者にはなりますが、自分を突き動かすものにはなかなかなれません。単なる机上で世界を分析する評論家のような 世界を眺める存在になってしまう。
若者に対しては、先ほども言ったように教会がその関わりの手段を失っている。であるならばどうしてそこで神さまを見出し、そして召命への道へ導くことが出来るのか。これは確かに難しい問題ですが、私にとって教会というものは、ネットというものが無かった時代でしたので、まったく違う新しい世界の入り口で、そこで出会った同じ世代の友だちだけではなくて、そこに関わった大人たちとの出会いも非常に決定的なものでした。
あの当時、室蘭では家庭集会というものが盛んだったのですが、毎週行っていました。今では考えられない。毎週、各地区で家庭集会が行われていて、若輩ものでありながら私も参加しました。そこでのいろいろな人の分かち合いを聞いて、本当にささやかながらも、いろいろな悩み苦しみを抱えながらも、信仰に基づいて生きようとしていた真剣な姿が若い人たちに伝わってきました。ですから教会は、若者がいるから場所を提供するではなくて、実際に関わりを必要としているというのは青年の側ではなくて、教会の側が青年たちに関わりを求めていく、それが必要ではないかと考えています。
先ほどのアンケートもそうですが、これまでイヤというほどアンケートをとっているのですね。私も宣教司牧評議会の時代から、青年に対して何度もアンケート、話し合いの場が持たれています。アンケートの集約で問題が分かったような形になって、その後何もしないことが 続いているのが現状だと思っています。アンケートではなくて、何が出来るか、出来るところから実施していく。もうそうしなければ本当に未来の教会、今しなければ教会は20年後どうなってしまうんだ、本当に懸念されることだと思います。
私たちはなかなか教会で若者を見かけなくなりましたが、どのように接して若者と実際、具体的に関わりを持つことが出来るのか。真剣な関わりであれば必ず何かが伝わる。真剣に関わろうとしなければ、すぐ彼らは直感的に識別してしまう。これは本気で関わろうとしている人たちは、そういう鼻だけはすぐきくのが青年です。教会が今本当に、あなたたちのために何かをしようとしていることを、何とか伝えたい。シノドスも教皇様もそうですが、今、具体的に教会の中で、真剣に考えていかなければならないことだと思っています。』
『今日の「世界召命祈願日」に当たって教皇様は、書簡を発表しました。そのテーマは若者に対して「聞き、識別し、生きる」という3つのステップを踏んで、神さまの召し出しを見出し、それを識別し、それに応えて生きるようにと、呼びかけておられます。 枝の主日の「世界青年の日」のメッセージにも、非常に長いメッセージだったのですが、その中で現代のネット、SNSの世界の中で若者たちが、非常に素晴らしい道具ですが、逆に多くの危険性が潜んでいます。小さなコンピューターやスマートフォンという窓からしか世界を見られない。結局、自らを狭い部屋に閉じ込めて若さの炎を消してしまうことのないように、必死に呼びかけておられました。
このような危機感から、今年の世界代表司教会議(シノドス) のテーマは、青年・召命に絞られて、10月に向かって準備を進めています。この10月のシノドスの会議に向けて、 全世界のアンケートの調査が行われました。私が去年から、青少年の司牧担当になっていますので、そのアンケートの取り纏めを依頼され行ったのです。全国の青年担当者や学校関係者にこのアンケートを配りました。そこに書いてあった注意書きには、直接青年にこのアンケートに答えてもらう。そのお願いを添えて全国にの配りました。膨大な数のアンケートが帰ってきて、集計に大変苦労したのですが、直接青年が答えたアンケートは1通だけでした。しかもその1通は、小教区や教区、学校関係ではなくて、東京のネットワークミーティングという、学生が独自に運営しているグループです。そのほかはすべて担当司祭や先生が答えたものでした。これは何を物語っているかというと、今の教会、こういうシステム、組織、教区、小教区という中では、もはや直接、青年と関わることが出来ないとなっているということです。こういう教会という組織の中には、もう青年たちは関わらない。教皇も青年たちとコンタクトをとる術を失っていると言っていましたが、今回のアンケート調査で良く分かりました。
昨年、支笏湖でネットワークミーティングの集まりがありました。全国から100人以上の青年が集まって来ました。札幌からも30人くらいのスタッフが集まり運営してきました。 これだけの青年がまだ全国にいる。そして、札幌にも関わっている青年がいると驚いたのですが、わたしは全体の集まりの中で聞いてみたのです。「この中で、自分の所属するネットワークミーティングに申し込みをしたときに、どのグループを代表して来たか?」いろいろな活動のグループがあります。小教区の青年会を代表して来た人は手を挙げてください、一人もいませんでした。これが今の日本の教会の現状だということです。
彼らが今、今日の福音のテーマですが、牧者の声に耳を傾ける。いったいどこの牧者に耳を傾けているかということはとても心配になります。教皇様が懸念されていたように、この閉ざされたネットの窓口からしか世界を見ていないという傾向が、非常に顕著になってきています。当然、それによって様々な懸念といわれるものがあります。非常に片寄っていくとか、テロもそうですね。知らないあいだに自分がどんどんそういった中になかに入っていくけれど、歯止めがかからない。実体験の中で関わっている人はいない。ネットの情報の世界の中だけで物事を判断している。そういうとんでもないところに行ってしまう可能性があるのです。
そして、もうひとつ教皇様が指摘されておられたのは、ネそのようなット依存とは言わないが、ネットに関わっている青年たちは、ある種の恐れというものが根本に抱いている。この恐れというのは何か。宗教的に言うならば、人間的にある根本的な恐れは、自分が愛されていないという恐れ。あるいは誰からも何も必要とされていない、好かれていない、受け入れられていない。それの如実な現れは、SNSと言われる、皆さん理解してくれるかどうか心配なのですが。皆さんはYESマイスター知ってますね。いわゆる自撮りをしたり、自分を良く見せようとする。必死になっている。何のため。「いいね」をもらうつもりなのですね。いろんな人がネットを通して見ることが出来る。そして、いいね、素晴らしいという反応をするのです。その「いいね」の数。自分の精神的な反応をはかる。特にフェイスブックやそのほかのラインもそうなのですが、SNSの世界がそうです。自分を肯定してくれる仲間たちがどれだけいるかがとても気になる。返事がない。そういう私もSNSをやっていて、記事を載せると100以上の「いいね」がつくのです。50くらいだと何かあったかなと。心配になり、気になるのです。自分のアイデンティティが崩壊のところまでは絶対いかないけれど、そのすれすれのところで必死になってくいとどまっている青年たちがいるのが現実だと思います。
先ほどの情報の話しですが、彼らはどういう情報を得ているのか。私たちは、皆さんも同世代の人が多いと思いますが、学生時代はどうやって情報を得るか。学校の授業、図書館。あるいは自分が直接電話をかけてしか方法は無かったですね。ところが今は簡単に、ありとあらゆる情報が机上で集められるようになってしまいますき。そんな中で若者たちは、実際に出会う感覚無しで世界を判断している。これはとても恐ろしいことだと思います。
実際に具体的な話しがいくつかあるのですが、ひとつはこういう場で話したくないのですが、政治的な今の問題について。とても片寄った情報で、しかも浅い解釈でそちらの世界に入っていってしまう。あるいは今、教会の中でも少し微妙な問題になっています。福島の放射能汚染でどのような対応をとるか。今、現実に避難退避されて戻ってくる人たちがいるのです。そうした中で一生懸命、復興支援を支えているグループがいるのです。しかし片や同じように、 それがどれほど危険であるか、まだ本当に示されている情報が安全なのか。安全だ安全だという情報が先にいって、子どもたちにもそういっているのですが、その根拠はなんなのか。懸念を示す農家もいるのです。そういう人たちはネットで情報を発信していますが、多くの場合は国の政策に従った情報が圧倒的に多くて、その情報を丸呑み信じている人たちがいるのです。本当にこれは大丈夫なのかなと。本当の情報がどこにあるのかは、なかなか識別しずらい。 だから教皇様言っているように識別し生きるのですが、その判断の基準というものがどこにあるのか。難しい問題ですが少なくてもネットの情報は、うまく大切に利用しながら、実際に自分の目で認識する大切さ。そして、本当の意味で自分の人生を決定づけるような体験は、やはり直に出会うこと。そういう人間関係、触れあいをとおしてか得られないと私は考えています。
私自身がこういう道に歩んだきっかけは、洗礼を受けた時の出会いが強烈だったこともあります。大学時代、東京に行ったときに真生会館という学生会館でいろいろな活動を行っていました。あの当時は学生運動も崩壊してしまって、一部のセクトが内ゲバを繰り返している時代で、あまり政治的なことにはかかわらないで、むしろ学生の聖書研究会や音楽を聞くとか、真生会館では多かった。ところが、アジアの国際会議がバンコクで開かれる時に、それはかつての学生運動の流れを色濃く残している団体、IMCS(国際カトリック学生連盟)、そこには昔のカトリック学生連盟に所属していたのです。全国の高校や大学に広まりますが、1968年に崩壊します。その後、全国で統一した学生運動はなかったのです。学生運動の中心だった真生会館。真生会館で集っている学生の中で、何故か私が目立ったのか、それに(バンコク)行けと言われて、行かされるハメになりました。その時の青少年担当司教が後の濱尾枢機卿でその時は司教で、東京の補佐司教でした。私はイヤでイヤでしょうがなかったのですが、英語の会議に、英語に慣れない人間に何が出来るのかと思いました。特にそういう政治的、社会的な運動に対して関心が高かったわけではなかった私が行かされたのです。
その時の体験が非常に大きかったです。あの当時、東南アジア、香港やバンコクを含めて、東南アジア各国では日本製品の不買運動が行われていました。日本の経済進出、エコノミック・アニマルが行われ、様々な社会問題が東南アジアで起こっていました。
反日感情が非常に高まり、路上で日本製品が積み上げられ火をつけて燃やされる、テレビで何度も報道されていました。私は何度もそういうニュースに接していましたが、人ごとのようにしか感じていませんでした。しかし、その会議に行ったときに、まさにそれが話し合いのテーマとしてあげられたのです。当然、私に対していろいろ質問がくるわけですが、そもそも知らない、答えようがないのです。知らなかったという恥ずかしさだけでなく、知らなかっただけでは済まされない日本人の責任。それを非常に感じさせられました。そして、休憩時間にある参加者の女の子。一言、私と同じグループだったのですが、「あなたは自分をアジアの一員だと思っているの?」。そんな質問を受けると思ってませんでしたから、そのときの私には答えることができませんでした。というのも、外国といえば、アジアは考えていなかった。ヨーロッパやアメリカ。アメリカのホームドラマで育った時代ですから。フリッパーとか名犬ラッシーとか、日曜日の午前中や夜中のゴールデンタイムはアメリカドラマのものばっかりでした。自分をアメリカの一員と錯覚、おちいっていたきらいもあります。その当時の日本は、アジアの貧しさから脱して、ヨーロッパと対等のメンバーになろうと、経済的に目指していた。それは、明治維新のときからですね。戦争が終わった後は、経済的にそれを築いた時代だったと思います。しかし、東南アジアで生きていたその学生たちは、戦前は軍隊に、戦後は経済で支配され、自分たちは苦しめられていると感じていたのです。そのような苦しみを実感しているのに、親しくなった友からのたった一言。日本で何度も接していたニュースの情報より、はるか強烈にわたしの心に突き刺さってきました。テレビの情報によっては、自分を変えようと、生き方を変えようなどとは、まったく思わなかったのですが、その友のたった一言は自分の人生を変えてしまった。そういうことが言えます。
その会議に参加した経験から、会議に集まった友達のつてを辿って、東南アジアの研修旅行を真生会館を中心に、毎年エクスポージャして回って歩けるようになりました。そこで出会った人たちが、いろいろの人たちの考え方から、だんだんと自分は神学校に行きたいというような感覚になっていったのです。
ですからそれに比べて、先ほどまで言っていたネットの情報は、自分を傷つくことのない立場において、机上で集められた情報にすぎません。わたしたちは外に出向いて行って、実際そういう人たちと出会う体験を通じて、他を知る体験をするわけです。ネットやテレビは確かに共感を呼び起こすような情報もあります。でもちょっと自分を中心に見たくないものであれば遮断し、テレビだったらチャンネルを切り変えることもできます。傍観者にはなりますが、自分を突き動かすものにはなかなかなれません。単なる机上で世界を分析する評論家のような 世界を眺める存在になってしまう。
若者に対しては、先ほども言ったように教会がその関わりの手段を失っている。であるならばどうしてそこで神さまを見出し、そして召命への道へ導くことが出来るのか。これは確かに難しい問題ですが、私にとって教会というものは、ネットというものが無かった時代でしたので、まったく違う新しい世界の入り口で、そこで出会った同じ世代の友だちだけではなくて、そこに関わった大人たちとの出会いも非常に決定的なものでした。
あの当時、室蘭では家庭集会というものが盛んだったのですが、毎週行っていました。今では考えられない。毎週、各地区で家庭集会が行われていて、若輩ものでありながら私も参加しました。そこでのいろいろな人の分かち合いを聞いて、本当にささやかながらも、いろいろな悩み苦しみを抱えながらも、信仰に基づいて生きようとしていた真剣な姿が若い人たちに伝わってきました。ですから教会は、若者がいるから場所を提供するではなくて、実際に関わりを必要としているというのは青年の側ではなくて、教会の側が青年たちに関わりを求めていく、それが必要ではないかと考えています。
先ほどのアンケートもそうですが、これまでイヤというほどアンケートをとっているのですね。私も宣教司牧評議会の時代から、青年に対して何度もアンケート、話し合いの場が持たれています。アンケートの集約で問題が分かったような形になって、その後何もしないことが 続いているのが現状だと思っています。アンケートではなくて、何が出来るか、出来るところから実施していく。もうそうしなければ本当に未来の教会、今しなければ教会は20年後どうなってしまうんだ、本当に懸念されることだと思います。
私たちはなかなか教会で若者を見かけなくなりましたが、どのように接して若者と実際、具体的に関わりを持つことが出来るのか。真剣な関わりであれば必ず何かが伝わる。真剣に関わろうとしなければ、すぐ彼らは直感的に識別してしまう。これは本気で関わろうとしている人たちは、そういう鼻だけはすぐきくのが青年です。教会が今本当に、あなたたちのために何かをしようとしていることを、何とか伝えたい。シノドスも教皇様もそうですが、今、具体的に教会の中で、真剣に考えていかなければならないことだと思っています。』
2018年4月15日日曜日
復活節第3主日
今日の主日ミサは、先月司祭に叙階された佐久間神父様のカテドラルでの初ミサでした。
司祭になられたばかりで、お忙しく慌ただしい中、大変有難うございました。
佐久間神父様のお説教をご紹介します。
『皆さん、おはようございます。札幌教区の遅れてきたルーキー、パウロ三木 佐久間力です。年齢的にも体格的にも、決して大型新人とは言えませんが、3月21日に勝谷司教様によって司祭に叙階され、間もなく1ヶ月となろうとしております。カテドラルで説教するのは、これが初めてですので緊張いたします。さて、初ミサと言いながらも、司祭に叙階されてから3週間以上がたち、初めはぎこちなかったミサも大分なれてきた気がしておりますが、なれてきた頃が危ないのは車の運転と同じです。どうか事故のないようにお祈りください。
北1条教会の皆様におかれましては、神学校生活を通して支えていただき、また叙階式では会場教会と言う事もあり、多くの方のお手伝いやご尽力を賜りました、本当にありがとうございます。この場を借りて心からのお礼を言わせていただきたいと思います。その6年の神学校生活が終わり、いまここに司祭として立っているわけですが、振り返って見ればこの6年間は本当にあっという間でした。もう既に45才、決して若いとは言えません。しかし、これでも札幌教区司祭としてはわたしが最年少です。45才の新司祭が教区として最年少。これは現代のカトリック教会の在り様そのものを表しているかも知れません。将来を思うと不安は尽きません。しかし、 それでも希望はあります。来年も新しい司祭が生まれる予定です。そして新しい神学生もいます。その後輩達も決して若くはありませんが、その分人生経験を積んできていて、だからこそ世俗の生活や苦しみを踏まえて福音を語ることができる、そんな気がします。わたし自身も、本当に大きな回り道をしてきたと思います。45才でようやくスタートラインに立つなんていうのは、人生を無駄に過ごしているのではないかと思うこともありましたが、いまは全て自分にとって必要な経験であったと確信しています。回り道は人生を豊かにしてくれる、神様が与えてくださった恵みと言えます。
回り道、と言う言い方をするならば、神様も本当に大きな回り道をされて、わたしたちをお導きになってくださっています。神様はこの世を支配する方法として、ご自身が姿を現して直接統治することもできるはずでしよう。わたしたちに見えるように絶対者として降臨し、わたしたちを従わせる、わたしたちが決して逆らわないようにすることもおできになるはず。ですが、そうはなさいません。わたしたちにこの世界を任せて、自由な意志を与え、自分自身で選ぶことができるようにしてくださっています。わたしたちは弱い存在で、いつも神様に逆らい、反抗し、罪を犯します。しかし、神様はその弱さをよく知っておられ、その弱さすらも愛してくださっています。わたしたちが神を知りながらも、反抗し、逆らっても、優しくなだめ教え、導いてくださいます。そして、そのためにわたしたちにご自分の愛する独り子を贈ってくださりました。
イエス様ご自身も、神の独り子として、完全な姿でこの世に降臨するような現れ方ではなく、マリア様を通して赤子としてお生まれになり、わたしたちと同じように人の手を通して育てられました。そして、イエス様は最高の愛の模範を示しました。受難に身を委ね、ご自身の死と復活を通して、その先にある「永遠のいのち」をもわたしたちに教えてくださいました。今日の福音では、復活されたその体を弟子達に現され、永遠のいのちとはどういうものなのかをお示しになっています。永遠のいのちとは、肉体を離れて、霊的な存在になると言うことではなく、肉体を持って具体的に復活するのだと言うことをイエス様が示してくださいました。触ることのできる肉体、食べることのできる肉体。肉体を持たないような亡霊ではないと断言しています。これは、イエス様が弟子達に、そしてわたしたちに示されている、大きな「永遠のいのち」の「しるし」です。なぜ、このような「しるし」 を与えてくださるのでしょうか。なぜ神様は、直接「永遠のいのち」の在り様を教えてくださらずに、イエス様を通して、しかも痛みと苦しみを伴う、受難と死と復活というややこしい方法をとったのでしょうか。
それはわたしたちには「しるし」が必要だからです。わたしたちは、とても不便で不完全な生き物で、何かに確信を得るためには「しるし」がないと気づくことができません。「永遠のいのち」をただ教えられても、その証拠や、実体験が伴わなければ、それを信じることが出来ません。これは神様の愛を知る場合と一緒です。神様の愛は教えられたからと言って信じられるものでもなく、そこには体験や実感が必要となります。感じるだけでなく、 相手に愛を伝える場合も同じことが言えます。例えば、誰かのことを愛しているならば、わたしたちも必ず何らかの「しるし」を相手に示します。仕草かも知れませんし、言葉かも知れませんが、プレゼントかも知れません、 必ず何かの行動があります。何もしないなら、何も伝わらず、そこには関係性は生まれません。愛には「しるし」 が伴います。愛は感情ではありません。相手が好きとか嫌いとか、そのような言葉を超越する関係性です。愛は具体的な行動を伴います。イエス様はその愛の在り様を、身をもってわたしたちに示してくださいました。そして愛の行いの先にある、永遠のいのちの在り様についても示してくださいました。そして、それを知ったなら、その証人となり、皆にそれを伝えに行けと言われます。
神様が与えてくださった、この希望に満ちあふれた愛と永遠のいのちという福音を、わたしたちが述べ伝えることができるように招かれています。一人ひとりが与えられた場で、自らがイエスの愛と永遠のいのちを証しする「しるし」となることができますように、このミサの中で祈って参りましょう。』
「派遣の祝福」の前に、侍者の子ども達から花束が贈られました。
ミサの後、佐久間神父様を囲んでのささやかな祝賀会を行いました。
高校時代のカト高連での貴重な体験、司祭を志すまでのいきさつや苦労話など、ユーモアを交え、たくさんお話をいただきました。
司祭叙階式の日に配られていた御絵は、伊達カルメル会修道院のシスターの直筆イラストだそうです。
司祭になられたばかりで、お忙しく慌ただしい中、大変有難うございました。
佐久間神父様のお説教をご紹介します。
『皆さん、おはようございます。札幌教区の遅れてきたルーキー、パウロ三木 佐久間力です。年齢的にも体格的にも、決して大型新人とは言えませんが、3月21日に勝谷司教様によって司祭に叙階され、間もなく1ヶ月となろうとしております。カテドラルで説教するのは、これが初めてですので緊張いたします。さて、初ミサと言いながらも、司祭に叙階されてから3週間以上がたち、初めはぎこちなかったミサも大分なれてきた気がしておりますが、なれてきた頃が危ないのは車の運転と同じです。どうか事故のないようにお祈りください。
北1条教会の皆様におかれましては、神学校生活を通して支えていただき、また叙階式では会場教会と言う事もあり、多くの方のお手伝いやご尽力を賜りました、本当にありがとうございます。この場を借りて心からのお礼を言わせていただきたいと思います。その6年の神学校生活が終わり、いまここに司祭として立っているわけですが、振り返って見ればこの6年間は本当にあっという間でした。もう既に45才、決して若いとは言えません。しかし、これでも札幌教区司祭としてはわたしが最年少です。45才の新司祭が教区として最年少。これは現代のカトリック教会の在り様そのものを表しているかも知れません。将来を思うと不安は尽きません。しかし、 それでも希望はあります。来年も新しい司祭が生まれる予定です。そして新しい神学生もいます。その後輩達も決して若くはありませんが、その分人生経験を積んできていて、だからこそ世俗の生活や苦しみを踏まえて福音を語ることができる、そんな気がします。わたし自身も、本当に大きな回り道をしてきたと思います。45才でようやくスタートラインに立つなんていうのは、人生を無駄に過ごしているのではないかと思うこともありましたが、いまは全て自分にとって必要な経験であったと確信しています。回り道は人生を豊かにしてくれる、神様が与えてくださった恵みと言えます。
回り道、と言う言い方をするならば、神様も本当に大きな回り道をされて、わたしたちをお導きになってくださっています。神様はこの世を支配する方法として、ご自身が姿を現して直接統治することもできるはずでしよう。わたしたちに見えるように絶対者として降臨し、わたしたちを従わせる、わたしたちが決して逆らわないようにすることもおできになるはず。ですが、そうはなさいません。わたしたちにこの世界を任せて、自由な意志を与え、自分自身で選ぶことができるようにしてくださっています。わたしたちは弱い存在で、いつも神様に逆らい、反抗し、罪を犯します。しかし、神様はその弱さをよく知っておられ、その弱さすらも愛してくださっています。わたしたちが神を知りながらも、反抗し、逆らっても、優しくなだめ教え、導いてくださいます。そして、そのためにわたしたちにご自分の愛する独り子を贈ってくださりました。
イエス様ご自身も、神の独り子として、完全な姿でこの世に降臨するような現れ方ではなく、マリア様を通して赤子としてお生まれになり、わたしたちと同じように人の手を通して育てられました。そして、イエス様は最高の愛の模範を示しました。受難に身を委ね、ご自身の死と復活を通して、その先にある「永遠のいのち」をもわたしたちに教えてくださいました。今日の福音では、復活されたその体を弟子達に現され、永遠のいのちとはどういうものなのかをお示しになっています。永遠のいのちとは、肉体を離れて、霊的な存在になると言うことではなく、肉体を持って具体的に復活するのだと言うことをイエス様が示してくださいました。触ることのできる肉体、食べることのできる肉体。肉体を持たないような亡霊ではないと断言しています。これは、イエス様が弟子達に、そしてわたしたちに示されている、大きな「永遠のいのち」の「しるし」です。なぜ、このような「しるし」 を与えてくださるのでしょうか。なぜ神様は、直接「永遠のいのち」の在り様を教えてくださらずに、イエス様を通して、しかも痛みと苦しみを伴う、受難と死と復活というややこしい方法をとったのでしょうか。
それはわたしたちには「しるし」が必要だからです。わたしたちは、とても不便で不完全な生き物で、何かに確信を得るためには「しるし」がないと気づくことができません。「永遠のいのち」をただ教えられても、その証拠や、実体験が伴わなければ、それを信じることが出来ません。これは神様の愛を知る場合と一緒です。神様の愛は教えられたからと言って信じられるものでもなく、そこには体験や実感が必要となります。感じるだけでなく、 相手に愛を伝える場合も同じことが言えます。例えば、誰かのことを愛しているならば、わたしたちも必ず何らかの「しるし」を相手に示します。仕草かも知れませんし、言葉かも知れませんが、プレゼントかも知れません、 必ず何かの行動があります。何もしないなら、何も伝わらず、そこには関係性は生まれません。愛には「しるし」 が伴います。愛は感情ではありません。相手が好きとか嫌いとか、そのような言葉を超越する関係性です。愛は具体的な行動を伴います。イエス様はその愛の在り様を、身をもってわたしたちに示してくださいました。そして愛の行いの先にある、永遠のいのちの在り様についても示してくださいました。そして、それを知ったなら、その証人となり、皆にそれを伝えに行けと言われます。
神様が与えてくださった、この希望に満ちあふれた愛と永遠のいのちという福音を、わたしたちが述べ伝えることができるように招かれています。一人ひとりが与えられた場で、自らがイエスの愛と永遠のいのちを証しする「しるし」となることができますように、このミサの中で祈って参りましょう。』
「派遣の祝福」の前に、侍者の子ども達から花束が贈られました。
ミサの後、佐久間神父様を囲んでのささやかな祝賀会を行いました。
高校時代のカト高連での貴重な体験、司祭を志すまでのいきさつや苦労話など、ユーモアを交え、たくさんお話をいただきました。
司祭叙階式の日に配られていた御絵は、伊達カルメル会修道院のシスターの直筆イラストだそうです。
2018年4月10日火曜日
復活節第2主日(神のいつくしみの主日)
この日のミサは4月から司教館事務局長になった佐藤謙一神父が共同司式されました。
これから月に1、2度北一条のミサにお出でになるようです。
「神のいつくしみの主日」のこの日、マリア像の脇祭壇に「いつくしみのイエス」の御絵が置かれました。
受洗、改宗された9名の方が、地区集会に初めて参加され紹介されました。
少しずつでも教会生活に慣れていけるように寄り添っていきましょう。
この日の後藤神父様のお説教をご紹介します。
『今日は、共同司式してくださる佐藤謙一神父様がおられます。ご復活の主日が終わり、この春、司祭の人事異動が発表されていましたが、佐藤神父様はこれまで大麻や江別の教会を主任司祭として、教区事務所とともにがんばっておられました。カトリック・センターが新しく出来上がって、より大きな重責を担って専従として働くことで、大麻と江別の教会を解かれて、教区事務所の仕事に専念することになりました。
そういうことで、教会との関わりがちょっと薄くなってしまいましたが、今後、協力司祭として他の教会にお手伝いに度々行かれることもあるかと思いますが、そういうときがないときには、私たちの教会でいっしょに御ミサをいっしょに捧げることになりました。月1、2度は私たちと共に祈りをすることが出来るかもしれません。時には、司式してくださったり、説教もしてくださるということなので、私たちは期待し刺激をいただきながら、佐藤神父様とも信仰の歩みを続けることが出来ればと思います。
いつか(2月18日)、山本孝神父様が黙想会でお出でになった時、神父様の言葉が残っています。教会の責任を解かれるということは、寂しいということを言われていました。信者さんとの直接の関わり、自分の責任において教会での宣教司牧をすることが薄くなてしまう。そういう意味では、寂しいと言われていました。教区の仕事も大きいかもしれませんが、佐藤神父様のそういう思いも出て来るかもしれません。皆さん、どうぞ佐藤神父様への協力も惜しみなくしていきたいと思います。
さて、今日は復活の第2主日です。皆さんは、かつて、この第2主日がほかの呼び方をしていたのを思い出しますか?伝統的には「白衣の主日」と言われていました。今日の「聖書と典礼」の表紙には「神のいつくしみの主日」と書かれていますが、かつてはここに「白衣の主日」と書かれていました。初代教会の洗礼式からきている伝統的な表現でもありました。昔、新しい信者は復活徹夜祭の中で洗礼を受けました。北一条教会でも先日の復活徹夜祭の中で洗礼式が行われました。かつて、洗礼式は水の中に全身を浸して、頭まで水に沈めるかたちで行われていた、伝統的な習慣があったようです。身体は全身水に浸されますから、水からあがった受洗者には神から与えられる恵み、成聖の恩恵を意味する白衣が着せられた。今はブーケのようなかたちとかベールのようなものに変わっていますが、昔は自らあがるということで白い衣を着せられることがあったようです。パウロが聖書で語っています。「神にかたどってつくられた新しい人を身に着けた。」(エフェソ4:24)そのことを意味して、白い衣が着せられたということがありました。さらに「あなたは新しい人となり、キリストを着る者となりました。神の国の完成を待ち望みながら、キリストに従って歩みなさい。」(復活徹夜祭の典礼)受洗された直後、司祭から洗礼を受けた者はそういう言葉をかけられます。受洗者は新しく生まれた人として一週間その白衣を着ていたことが、昔の伝統として残っていたということです。白衣の主日の名前の由来は、そのような伝統から来ているものでした。
もうひとつ、白衣の主日から変わって新しい名前がつけられました。それは、今日の聖書と典礼に載っている「神のいつくしみの主日」です。これはまだ、比較的新しい名前です。教皇ヨハネ・パウロ二世が、神の愛のこもった寛容さが輝き出る復活節に神のいつくしみをほめたたえるようにと、18年前の2000年に復活節第2主日は「神のいつくしみの主日」と呼ぶように定められました。神のいつくしみを私たちはもっともっと意識し、大切にしていこうというのが教皇様の考えでした。受洗者の方は今日、そのことを心に留めてミサに与っているかと思います。昔の伝統で言えば1週間白い衣を着て、新しい受洗者の恵みを感謝しながら、1週間経った今日、その白い衣を脱いでミサに与ったということがあったそうです。
主の復活を祝い1週間が過ぎています。私たちの心にも霊的な春が訪れています。今日のみ言葉の中に、安息日が開けていち早く墓に駆けつけた婦人たちでしたが、また、弟子たちも何人かも墓を確認しに駆けつけています。婦人たちも、弟子たちも墓が空になって遺体が無かった、墓からその遺体が消えていた。その事実にまず驚き戸惑います。そして、悲しみを新たにしました。何度も何度も直接イエスから、「死んで3日がたつと復活する。」と聞いていたにもかかわらず、十分な理解が出来ていなかったために、愛する主であるイエス・キリストが亡くなったというだけで、ただただ、驚き悲しんでいた弟子たち、婦人たちでした。墓から戻って悲しみのなかに、一方では迫害を恐れて最後の晩餐が行われた部屋に鍵をかけ閉じこもりながら、彼らは夕方を迎えました。戸惑いながら、不安とともに鍵を掛けた部屋の中で祈っていました。
復活したイエスは、そうした彼らの信仰を強めようと思ったのでしょうか、栄光に輝く復活の姿で、彼らの真ん中に現れたと聖書は伝えています。そして、最初に「あなたたちに平安」という言葉をかけられています。弟子たちは悲しみ驚きの中にありながら、その復活した主イエスの姿を見て喜んだと聖書は書いています。見なければ信じることが出来ない、そんな思いもこの表現の中に感じます。イエスが墓から消えたということは復活したのではないか、そういう噂も飛び交っていましたが、復活への確信に至っていなかったために驚き、悲しみが混在していました。でも、そのとき、そのイエスの姿を眺めることで確信に変わります。使徒たちは大きな喜びに満たされます。まさに復活の主は、喜びの泉、祝福の光となって弟子たちの前に姿を現しました。イエスは静かに唇を開いて使徒たちに再び言われました。「あなたたちに平安。父が私をお遣わしになったように、私もあなたがたを遣わす。」と、こう話されます。そして、弟子たちに息を吹きかけます。その息は聖霊でした。「聖霊を受けなさい。誰の罪でもあなたがたが罪を赦すなら、その罪は赦される。あなたがたが罪を赦さなければ、誰の罪も赦されないまま残る。」イエスは弟子たちに厳かにこう言われました。罪を赦す権能を弟子たちに与えた場面でもあります。「あなたがたが赦せば、その罪は赦される。」私たちが唱える「主の祈り」の中にもそのことが繰り返されています。主の祈りを度々唱えているけれど、その一言一言の重みを私たちはあまり感じずにオウム返しに唱えてしまことも多いような気もします。赦すことの大切さ、愛することの大切さをいつも噛みしめなければなりません。
イエスは「聖霊を受けよ。」と言われます。これまであなたは神の子であると宣言し、信仰告白し、あなたのために命を捧げると信仰を表してきた弟子たちでさえ、この時、恐れの中でただ震える信仰でさえありませんでした。私たちもそうではないでしょうか。イエスが十字架で死んでくださったことは百も承知している私たち。そういう話しは何度も何度もしてきました。しかし、私たちの信仰生活の中で、どんな力を感じているでしょうか。イエスの教えられた愛を生きるということにしても、十分にその態度を生きられないことが多いのです。人に奉仕する、仕えるということはどんなに素晴らしいかを十分に知っています。思っています。でも、力となって出てこないものは、行動に繋がっていきません。考えているだけで、行動に表すことの難しさもそこにあるようです。
聖霊の力により頼むことがないようです。イエスは聖霊を授けて、罪を赦す権能を与えています。聖霊によってもたらされる奇跡、力は罪に弱い霊魂を救う薬であることを、私たちはもっともっと深く理解しなければならないようです。使徒たちも聖霊の力をいただきながら、大きな喜びに包まれています。聖霊の力は様々に私たちに働きかけます。力を呼び戻します。信じるという難しさを感じながらも、綿私たちはその聖霊の力によって、より一歩成長出来るのようです。
聖書の中でトマスという弟子が登場してきます。トマスも信じることの難しさを生きた一人でした。最初、復活されたとき、トマスはその場にいませんでした。信じるということに比べて、信じないということは易しいかもしれません。でもイエスは弟子たち、私たちに呼びかけます。「信じない者にならないで、信じる者になりさない。」疑いやすい私たちにも言われた言葉ではないでしょうか。
復活の第2主日。復活してから1週間が経って、主は私たちの中にも現れています。墓を破られた主は希望のない世界に置かれても、そこに閉じ込められるままではなかった。そこから立ち上がって行く者になりなさいというメッセージを持って、復活の主は私たちの前に立っておられます。日常的な生活の中では、私たち一人ひとり悲しみや苦悩の前に負けてしまうことも度々ありますし、うちひしがれることも多くあります。
でも、私たちはもう一度、復活したキリストを唯一の希望として力強く生きることが出来るよう祈りたいと思います。そのことを今日の福音は私たちに大きな力、メッセージをもたらしてくださっていると思います。』
これから月に1、2度北一条のミサにお出でになるようです。
「神のいつくしみの主日」のこの日、マリア像の脇祭壇に「いつくしみのイエス」の御絵が置かれました。
受洗、改宗された9名の方が、地区集会に初めて参加され紹介されました。
少しずつでも教会生活に慣れていけるように寄り添っていきましょう。
この日の後藤神父様のお説教をご紹介します。
『今日は、共同司式してくださる佐藤謙一神父様がおられます。ご復活の主日が終わり、この春、司祭の人事異動が発表されていましたが、佐藤神父様はこれまで大麻や江別の教会を主任司祭として、教区事務所とともにがんばっておられました。カトリック・センターが新しく出来上がって、より大きな重責を担って専従として働くことで、大麻と江別の教会を解かれて、教区事務所の仕事に専念することになりました。
そういうことで、教会との関わりがちょっと薄くなってしまいましたが、今後、協力司祭として他の教会にお手伝いに度々行かれることもあるかと思いますが、そういうときがないときには、私たちの教会でいっしょに御ミサをいっしょに捧げることになりました。月1、2度は私たちと共に祈りをすることが出来るかもしれません。時には、司式してくださったり、説教もしてくださるということなので、私たちは期待し刺激をいただきながら、佐藤神父様とも信仰の歩みを続けることが出来ればと思います。
いつか(2月18日)、山本孝神父様が黙想会でお出でになった時、神父様の言葉が残っています。教会の責任を解かれるということは、寂しいということを言われていました。信者さんとの直接の関わり、自分の責任において教会での宣教司牧をすることが薄くなてしまう。そういう意味では、寂しいと言われていました。教区の仕事も大きいかもしれませんが、佐藤神父様のそういう思いも出て来るかもしれません。皆さん、どうぞ佐藤神父様への協力も惜しみなくしていきたいと思います。
さて、今日は復活の第2主日です。皆さんは、かつて、この第2主日がほかの呼び方をしていたのを思い出しますか?伝統的には「白衣の主日」と言われていました。今日の「聖書と典礼」の表紙には「神のいつくしみの主日」と書かれていますが、かつてはここに「白衣の主日」と書かれていました。初代教会の洗礼式からきている伝統的な表現でもありました。昔、新しい信者は復活徹夜祭の中で洗礼を受けました。北一条教会でも先日の復活徹夜祭の中で洗礼式が行われました。かつて、洗礼式は水の中に全身を浸して、頭まで水に沈めるかたちで行われていた、伝統的な習慣があったようです。身体は全身水に浸されますから、水からあがった受洗者には神から与えられる恵み、成聖の恩恵を意味する白衣が着せられた。今はブーケのようなかたちとかベールのようなものに変わっていますが、昔は自らあがるということで白い衣を着せられることがあったようです。パウロが聖書で語っています。「神にかたどってつくられた新しい人を身に着けた。」(エフェソ4:24)そのことを意味して、白い衣が着せられたということがありました。さらに「あなたは新しい人となり、キリストを着る者となりました。神の国の完成を待ち望みながら、キリストに従って歩みなさい。」(復活徹夜祭の典礼)受洗された直後、司祭から洗礼を受けた者はそういう言葉をかけられます。受洗者は新しく生まれた人として一週間その白衣を着ていたことが、昔の伝統として残っていたということです。白衣の主日の名前の由来は、そのような伝統から来ているものでした。
もうひとつ、白衣の主日から変わって新しい名前がつけられました。それは、今日の聖書と典礼に載っている「神のいつくしみの主日」です。これはまだ、比較的新しい名前です。教皇ヨハネ・パウロ二世が、神の愛のこもった寛容さが輝き出る復活節に神のいつくしみをほめたたえるようにと、18年前の2000年に復活節第2主日は「神のいつくしみの主日」と呼ぶように定められました。神のいつくしみを私たちはもっともっと意識し、大切にしていこうというのが教皇様の考えでした。受洗者の方は今日、そのことを心に留めてミサに与っているかと思います。昔の伝統で言えば1週間白い衣を着て、新しい受洗者の恵みを感謝しながら、1週間経った今日、その白い衣を脱いでミサに与ったということがあったそうです。
主の復活を祝い1週間が過ぎています。私たちの心にも霊的な春が訪れています。今日のみ言葉の中に、安息日が開けていち早く墓に駆けつけた婦人たちでしたが、また、弟子たちも何人かも墓を確認しに駆けつけています。婦人たちも、弟子たちも墓が空になって遺体が無かった、墓からその遺体が消えていた。その事実にまず驚き戸惑います。そして、悲しみを新たにしました。何度も何度も直接イエスから、「死んで3日がたつと復活する。」と聞いていたにもかかわらず、十分な理解が出来ていなかったために、愛する主であるイエス・キリストが亡くなったというだけで、ただただ、驚き悲しんでいた弟子たち、婦人たちでした。墓から戻って悲しみのなかに、一方では迫害を恐れて最後の晩餐が行われた部屋に鍵をかけ閉じこもりながら、彼らは夕方を迎えました。戸惑いながら、不安とともに鍵を掛けた部屋の中で祈っていました。
復活したイエスは、そうした彼らの信仰を強めようと思ったのでしょうか、栄光に輝く復活の姿で、彼らの真ん中に現れたと聖書は伝えています。そして、最初に「あなたたちに平安」という言葉をかけられています。弟子たちは悲しみ驚きの中にありながら、その復活した主イエスの姿を見て喜んだと聖書は書いています。見なければ信じることが出来ない、そんな思いもこの表現の中に感じます。イエスが墓から消えたということは復活したのではないか、そういう噂も飛び交っていましたが、復活への確信に至っていなかったために驚き、悲しみが混在していました。でも、そのとき、そのイエスの姿を眺めることで確信に変わります。使徒たちは大きな喜びに満たされます。まさに復活の主は、喜びの泉、祝福の光となって弟子たちの前に姿を現しました。イエスは静かに唇を開いて使徒たちに再び言われました。「あなたたちに平安。父が私をお遣わしになったように、私もあなたがたを遣わす。」と、こう話されます。そして、弟子たちに息を吹きかけます。その息は聖霊でした。「聖霊を受けなさい。誰の罪でもあなたがたが罪を赦すなら、その罪は赦される。あなたがたが罪を赦さなければ、誰の罪も赦されないまま残る。」イエスは弟子たちに厳かにこう言われました。罪を赦す権能を弟子たちに与えた場面でもあります。「あなたがたが赦せば、その罪は赦される。」私たちが唱える「主の祈り」の中にもそのことが繰り返されています。主の祈りを度々唱えているけれど、その一言一言の重みを私たちはあまり感じずにオウム返しに唱えてしまことも多いような気もします。赦すことの大切さ、愛することの大切さをいつも噛みしめなければなりません。
イエスは「聖霊を受けよ。」と言われます。これまであなたは神の子であると宣言し、信仰告白し、あなたのために命を捧げると信仰を表してきた弟子たちでさえ、この時、恐れの中でただ震える信仰でさえありませんでした。私たちもそうではないでしょうか。イエスが十字架で死んでくださったことは百も承知している私たち。そういう話しは何度も何度もしてきました。しかし、私たちの信仰生活の中で、どんな力を感じているでしょうか。イエスの教えられた愛を生きるということにしても、十分にその態度を生きられないことが多いのです。人に奉仕する、仕えるということはどんなに素晴らしいかを十分に知っています。思っています。でも、力となって出てこないものは、行動に繋がっていきません。考えているだけで、行動に表すことの難しさもそこにあるようです。
聖霊の力により頼むことがないようです。イエスは聖霊を授けて、罪を赦す権能を与えています。聖霊によってもたらされる奇跡、力は罪に弱い霊魂を救う薬であることを、私たちはもっともっと深く理解しなければならないようです。使徒たちも聖霊の力をいただきながら、大きな喜びに包まれています。聖霊の力は様々に私たちに働きかけます。力を呼び戻します。信じるという難しさを感じながらも、綿私たちはその聖霊の力によって、より一歩成長出来るのようです。
聖書の中でトマスという弟子が登場してきます。トマスも信じることの難しさを生きた一人でした。最初、復活されたとき、トマスはその場にいませんでした。信じるということに比べて、信じないということは易しいかもしれません。でもイエスは弟子たち、私たちに呼びかけます。「信じない者にならないで、信じる者になりさない。」疑いやすい私たちにも言われた言葉ではないでしょうか。
復活の第2主日。復活してから1週間が経って、主は私たちの中にも現れています。墓を破られた主は希望のない世界に置かれても、そこに閉じ込められるままではなかった。そこから立ち上がって行く者になりなさいというメッセージを持って、復活の主は私たちの前に立っておられます。日常的な生活の中では、私たち一人ひとり悲しみや苦悩の前に負けてしまうことも度々ありますし、うちひしがれることも多くあります。
でも、私たちはもう一度、復活したキリストを唯一の希望として力強く生きることが出来るよう祈りたいと思います。そのことを今日の福音は私たちに大きな力、メッセージをもたらしてくださっていると思います。』
2018年4月1日日曜日
主の御復活 「復活徹夜祭と復活の主日」
3月31日(土)午後6:30から、後藤神父様、蓑島助祭、地主司教様の共同司式により「復活徹夜祭」が行われました。
復活徹夜祭は、「光の祭儀」、「ことばの祭儀」、「洗礼の典礼」、「感謝の典礼」の4部からなり2時間以上にも及ぶ、一年の典礼のうち、最も盛大で、中心的な祭儀です。
第1部 光の祭儀
会衆は聖堂に隣接されたカテドラルホールに集まりました。
最初に、復活されたキリストのシンボルである「ローソクの祝福」が行われました。
後藤神父様によって祝福された火が復活のローソクに燈されました。
蓑島助祭は、復活のローソクを高く掲げ「キリストの光」と唱え、会衆は「神に感謝」と応えます。復活のローソクを先頭に聖堂の中へと進み、会衆の手に持ったローソクにも火が移されます。
ローソクの光がほのかに照らす中、蓑島助祭が「復活賛歌」を歌いました。
第2部 ことばの祭儀
聖書が朗読され、その後「栄光の賛歌」が歌われる中、十字架や御像に掛けられていた紫布が外されました。
第3部 洗礼の典礼
9名の方々が洗礼を受けられました。
第4部 感謝の典礼
いつものミサの流れで行われます。
復活徹夜祭から一夜明けた4月1日午前9時から、「復活の主日」ミサが行われました。
福音朗読とお説教は蓑島助祭でした。
お説教をご紹介します。
『みなさん、主の御復活おめでとうございます。
十字架の苦しみの先には、必ず復活の喜びがある。これはイエス様が身をもって示してくださった過ぎ越しの神秘です。神の愛が、わたしたちを永遠の命に生きる者としてくださいました。この永遠の命とは、洗礼を受けてキリストに従ったときからすでに始まっています。
本日の福音では、マグダラのマリア、そしてペトロとヨハネが登場します。
マグダラのマリアについては諸説あるものの、一般的には彼女は生きるために娼婦をしていたと考えられています。あるとき姦通の現場を取り押さえられたマリアは、石で打ち殺されそうになりますが、イエス様に助けられ、罪の生活をやめる決心をしました。「この方に従っていきたい」。彼女はイエス様に従う人生を歩み始めます。
ー方、ペトロとヨハネは漁師でした。イエス様から「私に従いなさい」と呼ばれたとき、 すぐに漁師の命ともいえる網を捨てます。心の中に満たされないものがあったのでしょうか。彼らもイエス様に従う人生を歩み始めました。
かれらはいずれもイエス様に希望を見出した人達です。
イエス様に希望を見出すこと。それは私達も同じです。ここにいる皆さんは、それぞれキリストの霊に導かれて教会にやってきました。そして洗礼によってキリストと結ばれ、 古い自分から新しい自分へと生まれ変わる恵みを頂きました。神と離れた生活から、神と共に生きる生活へと過ぎ越されたのです。これがわたしたちの出エジプトです。
かつてイスラエルの民は、神によって、エジプトの強制労働から解放され、乳と蜜の流れるカナンに導かれるという経験をしましたが、現代に生きるわたしたちは、イエス・キリストの十字架の死と復活を通して、真の過越しを経験しています。悪いものが良いものに変えられ、苦しみや悲しみは喜びへと変えられていきます。わたしたちは日々、古い自分に死んで新しい自分に復活するという神の招きを受けているのです。
マリア達が見た空っぽの墓、その墓から抜け出した主は、弟子である私たちがやって来るのをガリラヤで待っておられます。ガリラヤはイエス様が宣教を始めたところです。復活されたイエス様は、どんなときも私についてきなさいと招いておられます。墓をみて「主がいない」と恐れる必要はありません。死から復活された主がともにいてくださるので、わたしたちはどんな困難にあっても主と共に立ち上がり、また歩んでいくことができるのです。
「主はまことに復活されました」、この大きな喜びを共に分かち合いましよう。
あらためまして、皆さん、主の御復活、おめでとうございます。』
復活徹夜祭は、「光の祭儀」、「ことばの祭儀」、「洗礼の典礼」、「感謝の典礼」の4部からなり2時間以上にも及ぶ、一年の典礼のうち、最も盛大で、中心的な祭儀です。
第1部 光の祭儀
会衆は聖堂に隣接されたカテドラルホールに集まりました。
最初に、復活されたキリストのシンボルである「ローソクの祝福」が行われました。
後藤神父様によって祝福された火が復活のローソクに燈されました。
蓑島助祭は、復活のローソクを高く掲げ「キリストの光」と唱え、会衆は「神に感謝」と応えます。復活のローソクを先頭に聖堂の中へと進み、会衆の手に持ったローソクにも火が移されます。
ローソクの光がほのかに照らす中、蓑島助祭が「復活賛歌」を歌いました。
第2部 ことばの祭儀
聖書が朗読され、その後「栄光の賛歌」が歌われる中、十字架や御像に掛けられていた紫布が外されました。
第3部 洗礼の典礼
9名の方々が洗礼を受けられました。
水の祝福
洗礼
洗礼の約束の更新
(司祭が祝福された水を会衆にかけました)
第4部 感謝の典礼
いつものミサの流れで行われます。
復活徹夜祭から一夜明けた4月1日午前9時から、「復活の主日」ミサが行われました。
福音朗読とお説教は蓑島助祭でした。
お説教をご紹介します。
『みなさん、主の御復活おめでとうございます。
十字架の苦しみの先には、必ず復活の喜びがある。これはイエス様が身をもって示してくださった過ぎ越しの神秘です。神の愛が、わたしたちを永遠の命に生きる者としてくださいました。この永遠の命とは、洗礼を受けてキリストに従ったときからすでに始まっています。
本日の福音では、マグダラのマリア、そしてペトロとヨハネが登場します。
マグダラのマリアについては諸説あるものの、一般的には彼女は生きるために娼婦をしていたと考えられています。あるとき姦通の現場を取り押さえられたマリアは、石で打ち殺されそうになりますが、イエス様に助けられ、罪の生活をやめる決心をしました。「この方に従っていきたい」。彼女はイエス様に従う人生を歩み始めます。
ー方、ペトロとヨハネは漁師でした。イエス様から「私に従いなさい」と呼ばれたとき、 すぐに漁師の命ともいえる網を捨てます。心の中に満たされないものがあったのでしょうか。彼らもイエス様に従う人生を歩み始めました。
かれらはいずれもイエス様に希望を見出した人達です。
イエス様に希望を見出すこと。それは私達も同じです。ここにいる皆さんは、それぞれキリストの霊に導かれて教会にやってきました。そして洗礼によってキリストと結ばれ、 古い自分から新しい自分へと生まれ変わる恵みを頂きました。神と離れた生活から、神と共に生きる生活へと過ぎ越されたのです。これがわたしたちの出エジプトです。
かつてイスラエルの民は、神によって、エジプトの強制労働から解放され、乳と蜜の流れるカナンに導かれるという経験をしましたが、現代に生きるわたしたちは、イエス・キリストの十字架の死と復活を通して、真の過越しを経験しています。悪いものが良いものに変えられ、苦しみや悲しみは喜びへと変えられていきます。わたしたちは日々、古い自分に死んで新しい自分に復活するという神の招きを受けているのです。
マリア達が見た空っぽの墓、その墓から抜け出した主は、弟子である私たちがやって来るのをガリラヤで待っておられます。ガリラヤはイエス様が宣教を始めたところです。復活されたイエス様は、どんなときも私についてきなさいと招いておられます。墓をみて「主がいない」と恐れる必要はありません。死から復活された主がともにいてくださるので、わたしたちはどんな困難にあっても主と共に立ち上がり、また歩んでいくことができるのです。
「主はまことに復活されました」、この大きな喜びを共に分かち合いましよう。
あらためまして、皆さん、主の御復活、おめでとうございます。』
イースターエッグが奉納されました
後藤神父様がイースターエッグを祝福しました
イースターエッグが皆さんに配られました
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