2017年1月9日月曜日

1月8日(日) 主の公現

この日の主日ミサでの後藤神父様のお説教をご紹介します。


『今日は、3人の博士が幼子イエスを訪問するという「主の公現」のお祝い日を迎えています。礼拝する3人の博士を思い浮かべると何となく明るい光景がそこに見えてくるようです。皆さんは今日の馬小屋をしっかり覗かれていたでしょうか。今までの馬小屋の飾りの中に3人の博士が加わって、幼子のそばに立たせてあります。私たちはクリスマスや主の降誕というと、いろいろな絵物語をイメージするのだと思います。クリスマスカードの中にも3人の博士が遠くから砂漠を越えてくるカードなどがありますが、皆さんのクリスマスのストーリーはどんな理解をされているでしょうか。
 主の公現の日…主の顕現という言葉も良く使われてきています。顕現の日…幼子、神の子が公になったという意味もあるようです。そして、元々はキリストの洗礼を祝う日が先行していました。ところが東方教会ではキリストの洗礼のお祝い日として大事にされてきたのが、西方教会にそうした習慣が入って来るときに、3人の博士の方が強調されるようになって、キリストの洗礼を祝うよりも、3人の博士の訪問、礼拝をお祝いする日になったことのようです。
  聖書の解釈の歴史も豊かなものがあって、聖書では描かれていない内容も盛り込まれて、この3人の博士のストーリが作られていったようです。「3人の博士」と私たちは今、普通に言いますが、聖書の中には「3人」ということはどこにも書かれていないのです。「博士たち」と複数では表現されていますが、博士たちが3人であったのか5人であったのかは一切書かれていません。ところが、教会の解釈の中ではもう3人の博士で定着しているわけです。どうして3人になったのかというと、黄金・乳香・没薬のこの3種類が登場したために、3人の博士で定着したものと考えられます。さらに3人の博士には名前も付けられるようにもなりました。メルヒオール、バルタザール、カスパル、こういう名前が博士の名前と言われるようになりました。それは7世紀になってから、キリスト誕生から700年くらいたってから出来上がった物語になってくるのです。
 ですから私たちが理解している、そうだと思っている内容もどこかで、私たちの信仰の創造によって作られた物語が定着してしまったということがたくさんあるようです。さらに、そうしたストーリはこの3人の博士たちが世界の3大陸…当時は3つの大陸しか考えられなかった時代でした。ですから、ヨーロッパ、アジア、アフリカの大陸しか考えられない時代でしたから、その大陸の代表者である一人ひとりが3人の博士となって、イエスを訪れたというストーリも作られてしまうわけです。同時にそれぞれの3人の博士は、老人であり、壮年の一人であり、青年としても描かれているようです。インターネットでも3人の博士を見てみると、それぞれ同じキリスト教の世界でも宗派の違うキリスト教の教会では3人の博士の名前はそれぞれ違ったかたちで登場してきます。非常に興味深いものとなります。
  創造と解釈の発展も私たちにとって良く見ようとすれば、興味深いものがそこからたくさん見えてきます。少なくても今日私たちが聴いたマタイの福音では、イエスの誕生の状況を詳細には語っていません。ユダヤのベトレヘムでイエスが生まれたことのみを語っているのであって、そこはダビデ王の出身地であるベトレヘムであるともマタイが記している内容です。
 占星術の学者たちはエルサレムを経由して幼子イエスの前にひれ伏して拝んだ。マタイの福音は幼子を最初に礼拝した人たちが外国人、すなわちそれは異邦人ということを表しますが、ユダヤの人ではなくて外国人、異邦人であることが強調されています。ここにも大きな意味があることを教会は見いだしています。それはとりもなおさず救いはイスラエルやユダヤの国だけではなくて、異邦の民に及ぶという主の公現の救いの広がり、救いの豊かさを示しているとも言われます。キリスト教の世界、イスラエルの信仰の世界に留まる救いではなくて、イエスの訪れ、イエスの誕生は世界の人々の救いに繋がっていくのだとマタイの福音記者は書いている、強調したのです。今日の聖書の中でもイエスが誕生した、救い主が誕生したということは、博士たちによってまずヘロデ王にも話されています。当然、長老や律法学者たちもその話に加わっています。でも長老や律法学者たちの誰一人としてイエスを礼拝するということはなかった。むしろヘロデ王も長老や祭司長たちものちのちイエスを抹殺しようとしたということになります。歓迎するのではなくてヘロデ王に関してはエルサレムに住む2歳以下の幼子を皆殺しにしなさいという命令さえ出した。そういう状況のもとで幼子が誕生している。けっしてロマチックな誕生物語ではなくて、厳しい現実がそこにあったということです。博士たちも砂漠を越えて命がけで幼子のところにたどり着いたと言えるでしょう。私たちが主の祭壇に捧げる祈り、その祈りも神を信じる人たちばかりの祈りではなくて、この世界のすべての人に及ぶものになるよう、今日は祈りを捧げたいと思います。

 3人の博士をとおして、黄金・乳香・没薬という当時の社会の中では貴重で高価なものがイエスに捧げられています。価値ある最高の贈り物であると言えると思います。黄金は金属の中でも朽ちることのない崇高なもの、今でいう「金」と言っても良いと思いますが、純粋で価値ある黄金が捧げられる。乳香というのは高価な香料であったそうです。また、薬としても使われたそうです。それは抗菌、殺菌、防腐剤としての効果もあったと言われています。エジプトではミイラの防腐剤として有効と言われていますから、これもまた一般の人は手にすることの出来ない貴重なものと考えられます。没薬はイエスが十字架に付けられたときに、兵士から痛みを和らげるために葡萄酒に混ぜて飲ませたとも言われているものです。それは痛みを和らげる効果があるそうです。そうした当時で言えばまさに一般の人には触れることも出来ない高価で貴重なものが、この3人の博士によって贈り物として捧げられたことのようです。
  イエスへの最高の捧げ物がイエスの生涯の歩みにも繋がっています。黄金は王である権威を表す。没薬はイエスの十字架の死を後々象徴するものと考えられました。乳香は祭司が使うもので、王職とか祭司職といわれるイエスの3つの役割も、この3つの捧げ物にも表されるとも言われます。

  博士たちが捧げた贈り物。それにちなんでかどうか、クリスマスには贈り物が一般的に使われるようになっているようですが、私たちは幼子イエスのお祝いをしながらどんな贈り物を携えていたでしょうか。
 子ども達はクリスマスケーキやたくさんの贈り物を期待しているクリスマスかもしれませんが、私たちが神様から贈られた幼子。私たちがその幼子に捧げる贈り物はいったい何であったでしょうか。そんなことも考えています。親しい人に贈り物が出来るならば、それはとても嬉しいクリスマスになってくるでしょうが、なかなか思うようにはならない、そういうことがあります。

   私が北一条教会に赴任したその年のクリスマスだったと思います。お金のかからない、いらない贈り物もありますよと話したことがありますが、覚えておられますか。私たちはそれを周りの人に捧げることが出来ますよとお話しましたが、思い出せますか。もう一度繰り返してその話しをします。

  • 「聞く」贈り物。人の話を良く聞く贈り物を自分の心の中で決心することが、周りの人に贈り物を準備することになる、そんな話をした記憶があります。そういう心がけでクリスマス、新年を迎える新しい一年に向かったらどうでしょうか。
  • 「励まし」の贈り物もあります。人を励ます言葉を大切にしていきましょうというお話をしました。
  • 「笑い」の贈り物。つまり、人に笑顔を贈ること。
  • 「一筆」の贈り物。それは一言のメッセージ、手紙を遠く離れた人に、身近な人にも心をこめて一筆捧げる贈り物が出来るのではないでしょうか。
  • 「褒めことば」の贈り物。人を大切にすることに繋がっていきます。笑顔を贈ることにも繋がっていきます。
  • 「親切」の贈り物についても触れたと思います。
  • 「一人っきりにする」贈り物。何でもかんでも関わって相手を患わせるのではなくて、少しそっとしておく。そういう心がけも贈り物として出来るのではないでしょうか。
  • 最後の贈り物は、「明るい雰囲気づくり」も贈り物になるのではないでしょうか。

こうした贈り物はお金のかからない贈り物として私たちが準備出来るものですよと、話しをしたことがありました。
  贈り物は大切な人への愛のしるしにもなるかもしれません。博士たちのような高価な贈り物は出来ないけれど、私たちが心をこめて出来る贈り物は工夫すれば、努力すればたくさんあるような気がします。

  今日私たちが捧げる祈りも贈り物として、この世界に生きるすべての人の平和と救いのためになりますようにと、祈りを贈り物にして捧げたたいと思います。主の公現を祝う一年の始まりに私たちが教会共同体として共に集まり、共同体のメンバーとして一緒に祈るひとときが神のみ旨に適うことであれば、それはまた最高の贈り物になるような気がします。
  今日は心をこめて最高の贈り物を、最高の祈りとして捧げる祈りとしたいと思います。』