2018年7月29日日曜日

年間第17主日「パンの奇跡」

今日の福音では「パンの奇跡」が語られました。
イエスは弱い立場にある人々に対して飢えを満たす奇跡をもって神のいつくしみを示されました。


今日の後藤神父様のお説教の概要をご紹介します。

『パンの奇跡の物語は、四つの福音いずれにも出ているものです。それは聖書が書かれた時代に生きる人々にとって大きな慰めでもあり、人々はイエスの神の業をみて確信し、信仰の原点にもなったからではないでしょうか?
 飼い主のいない羊のように弱い立場にある人々は、大きな声を上げることができません。癒してもらおう、飢えを満たしてもらおうとイエスにすがりつくのです。この時代、貧しい生活を送らざるを得なかった時代に生きる人々にとっては、愛されること、愛する人々とともにいられることは生きる上で何よりの力になったはずです。イエスはそのよううな人々に対し神について語り、人々の飢えを満たす奇跡をもって、神のいつくしみを示し、喜びを分かち合い、神の存在を知らしめました。
 
 しかし、ユダヤの人々はイエスの行ったこのしるしを見て、「まさにこの方こそ世に来られるはずの預言者である」と、ローマの支配から解放してくれる自分たちの指導者、王に担ぎ上げようとますます熱心にイエスを迎え入れました。
 人々の目には”地上の王”としかイエスを見ることができませんでした。ですから、「永遠のいのちのパン」は、飢えを満たすパンでしかありませんでした。
 イエスにとっての奇跡はしるしに過ぎないのですが、ここでも、まだイエスの思いと時は満たされません。それでイエスは、ただひとり人里離れた山に退かれました。

”よき牧者”キリストにとって、迷える子羊に豊かな牧草を与えますが、ご自分のからだを食べ物として与えるにはまだ少し時間が必要であったようです。
 私たちはミサをとおして、永遠のいのちのパンをいただくことができますが、聖体をとおしてイエスとの出会いの道がさらに開かれるよう祈りましょう。』