ウルバン神父様の福音メッセージを聖書朗読箇所と併せてご紹介します。
【福音メッセージ ウルバン神父】
第26主日、 9月26日 “私に逆らわない者は私の味方である” ウルバン神父
ある時ヨハネが興奮しながらイエスに言った。「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、私達に従わないので、やめさせようとした。」イエスは何と答えたでしょう。「ヨハネ、良くやった。あんな人を許してはいかん。」そのように言いませんでした。ヨハネに優しそうに答えた。「ヨハネ、止めさせてはならない。私に逆らわないで、私の名を使う人は私達の味方なのだ。」本当にありがたく、安心させる言葉でした。
私に懐かしい思い出があります。子供の時の日曜日です。朝早く私達4人は次々にただ一つの水流しで顔を洗った後、父親が寝室から出て来て、長いナイフで髭をそって、日曜の服を着て教会に出かけた。ひよこが雌鶏にチョコチョコ付いて行くように、私たち子供3人は親の後に付いて行った。ごミサは子供である私に何となく退屈だったが、家族で教会へ行く事、親の祈る姿を見る事はうれしくて、心に深く残っていた。また晩ご飯を終わった後、私達がひざまづきながら食卓を囲んだ時、母親は家族を捧げる祈りを唱えた。やはり、私たちは一つの心を持って、家族だと深く感じた。夢のような話でしょう。
旭川のある教会の婦人の集まりの事でした。「主人が信者ではない方、手を上げて見て」と言った時、一人の方に聞きました。「主人がいつか信者になるように祈ったことがありますか」。その夫人は興奮しながら答えた。「神父様、もちろん、もう28年間ずっと祈っているよ。お父さんによく信者になりなさいと言うが、全然なりません。」「いつか信者になると信じますか」と聞くと、「とんでもない。あんな人はなるわけがない」と大声で答えた。
私は何と答えたかはっきり覚えていません。「奥さん、もう28年間主人はあなたが教会へ行くことを許しているよ。せめて日曜日ゆっくり家族と一緒に朝ご飯を食べたいのに、もう28年間一人で残され、寂しい気持ちで食べているよ。感謝した事がありますか。主人は神様の敵ではなく、無関心の顔をしても、もうイエスに愛される味方だよ。」
あなた方の内の多くの方は、家族のなかで信者として一人ぼっちです。誰にも心の中の事を話せない、だれとも祈れない。確かに悲しいことですが、それでも喜びなさい。「あなたによって妻も、主人も、子供も祝福されて、聖化されています」と使徒パウロが言っています。相手を責めないで、そのまま受け入れて、心の中の良さを信じなさい。もうすでに味方ではないか。信じて待つ事ができれば、愛する方が必ずいつかイエスに会います。もう前をもって喜んで感謝しなさい。
使徒パウロはある日に、沈んだ心で乱れた町コリントの道を歩いた。その夜の事、主は幻のうちに、パウロに言った。「恐れるな。この町には、私の民となる者が大勢いるからである。」恐れるな、目を上げて、喜びなさい。私たちの周りにも味方が大勢いる。
羽幌教会に住んでいた時に大きな火事があって、聖堂の前で火が止まった。顔を見た事のない多くの人が助けに来た。その時、一人の女の方が来て私に封筒を渡そうとした。「いいえ、私はこんなものを。」と言った時、もう忘れない顔の眼差しで答えた。「お願いします。私達は何年の間この教会の神様に守っていただいたから、どうしても差し上げたいのです。」やはり多くの味方がある事を、イエス様に感謝しよう。
【聖書朗読箇所】
信じる者の希望である神よ、
あなたはわたしたちに聖霊を注ぎ、
一つの民としてくださいました。
ここに集まるわたしたちが、
互いを受け入れ合い、
心を一つにして賛美をささげることができますように。
集会祈願より
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第1朗読 民数記 11章25~29節
主は雲のうちにあって降り、モーセに語られ、
モーセに授けられている霊の一部を取って、
七十人の長老にも授けられた。
霊が彼らの上にとどまると、彼らは預言状態になったが、
続くことはなかった。
宿営に残っていた人が二人あった。
一人はエルダド、もう一人はメダドといい、
長老の中に加えられていたが、まだ幕屋には出かけていなかった。
霊が彼らの上にもとどまり、彼らは宿営で預言状態になった。
一人の若者がモーセのもとに走って行き、
エルダドとメダドが宿営で預言状態になっていると告げた。
若いころからモーセの従者であったヌンの子ヨシュアは、
「わが主モーセよ、やめさせてください」と言った。
モーセは彼に言った。
「あなたはわたしのためを思ってねたむ心を起こしているのか。
わたしは、主が霊を授けて、
主の民すべてが預言者になればよいと切望しているのだ。」
第2朗読 ヤコブの手紙 5章1~6節
富んでいる人たち、よく聞きなさい。
自分にふりかかってくる不幸を思って、
泣きわめきなさい。
あなたがたの富は朽ち果て、衣服には虫が付き、
金銀もさびてしまいます。
このさびこそが、あなたがたの罪の証拠となり、
あなたがたの肉を火のように食い尽くすでしょう。
あなたがたは、この終わりの時のために宝を蓄えたのでした。
御覧なさい。
畑を刈り入れた労働者にあなたがたが支払わなかった賃金が、
叫び声をあげています。
刈り入れをした人々の叫びは、万軍の主の耳に達しました。
あなたがたは、地上でぜいたくに暮らして、快楽にふけり、
屠られる日に備え、自分の心を太らせ、
正しい人を罪に定めて、殺した。
その人は、あなたがたに抵抗していません。
福音朗読 マルコによる福音書 9章38~43、45、47~48節
ヨハネがイエスに言った。
「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、
わたしたちに従わないので、やめさせようとしました。」
イエスは言われた。
「やめさせてはならない。わたしの名を使って奇跡を行い、
そのすぐ後で、わたしの悪口は言えまい。
わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである。
はっきり言っておく。
キリストの弟子だという理由で、
あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる者は、
必ずその報いを受ける。」
「わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまずかせる者は、
大きな石臼を首に懸けられて、
海に投げ込まれてしまう方がはるかによい。
もし片方の手があなたをつまずかせるなら、
切り捨ててしまいなさい。
両手がそろったまま地獄の消えない火の中に落ちるよりは、
片手になっても命にあずかる方がよい。
もし片方の足があなたをつまずかせるなら、
切り捨ててしまいなさい。
両足がそろったままで地獄に投げ込まれるよりは、
片足になっても命にあずかる方がよい。
もし片方の目があなたをつまずかせるなら、
えぐり出しなさい。
両方の目がそろったまま地獄に投げ込まれるよりは、
一つの目になっても神の国に入る方がよい。
地獄では蛆が尽きることも、火が消えることもない。